職員の「やりがい」を患者の「元気」に
中村秀敏/医療法人真鶴会 小倉第一病院 理事長・院長
ASUBeTO:17 医療×明日人
院長の斬新なアイデアがつくる新しい病院の形
腎不全患者への診療を中心に行う小倉第一病院の院長・中村秀敏さんは、病院のイメージキャラクターを作成し、夜勤スタッフのためにポケットマネーで選りすぐりの夜食を用意するなど、堅いイメージが強い医療業界で異色の取り組みを続けています。さまざまなチャレンジを楽しそうに実践する中村院長は、どのような「医療現場の未来」を思い描いているのでしょうか。多様なアイデアを具現化する行動力の源について伺いました。
スタッフの明るさが患者さんの支えに
———小倉第一病院の基本方針の中に、「職員の健康・優しさ・やりがいを追求し、患者さんの元気・明るさ・生きがいへと繋げます」とありますが、このフレーズに込めた思いを教えてください。
当院の患者さんの多くは、腎不全の透析治療のために通院されています。透析には「腹膜透析」と「血液透析」があり、「腹膜透析」であれば通院は月に1回で済みますが、透析患者の9割以上を占める「血液透析」の患者さんは、週3回もの通院が必要です。年間では150回以上にのぼり、それを45年間続けている方もいらっしゃいます。
長期間にわたり、しかも毎日のようにお会いしている患者さんは、スタッフのわずかな変化にも敏感です。患者さんの健康面だけではなく、気持ちや生活面を支えるためには、まずはスタッフが明るく元気であることが重要だと考えるようになりました。
1990年代の前半に行われたある学会で、「医療業界で週休二日制は可能か?」という議論があったそうです。私の父にあたる先代院長の中村定敏が、「当院ではすでに導入しているので、可能です」と回答したところ、シンポジストが怒りの形相に変わったというエピソードがあります。父は透析医療の黎明期に、九州で初めてその治療に取り組んだ病院(現:福岡県済生会 八幡総合病院)のメンバーでした。患者さんや共に働くスタッフのために、他の人がしていないことに取り組んでいた父の姿勢が、当院の理念や基本方針のルーツになっています。
多くの人に愛されるための施策
———病院に可愛らしいイメージキャラクターがあるのも珍しいですよね。
北九州市には約90の病院がありますが、経営を維持するためには、患者さんに当院を選んでいただかなければなりません。さらに、医療職を目指す若者が減っている中で、スタッフの獲得競争も熾烈です。スケールでは総合病院や大学病院には太刀打ちできませんので、小さな病院はソフト面で切り込んでいくしかない。その対策が、職員に対する福利厚生の充実や、イメージキャラクター「ハッピー」のグッズ展開などにつながっています。ハッピーはあくまでみなさんに愛していただくためのキャラクターです。市民公開講座や就職説明会などで配布していますが、販売はせずお金はいただいておりません。
環境整備と意識改革で進める理想の病院づくり
———「ワークライフバランス」の充実をうたう企業や組織は増えていますが、小倉第一病院ではどのように取り組んでいるのでしょうか?
当院では、2021年11月に新病院が完成し、患者さんとスタッフの両者にとって快適な環境づくりが進みました。設備は充実したのですが、意識の面では課題があります。例えば、「子育て支援」は言うまでもなく、「働きながら子育てする人を、みんなでサポートしよう」という仕組みですが、「子供がいると、早く帰れて得だよね」と思うスタッフがいるのも現実です。こうした“意識に関する改革”は、さらに進めていかなければと考えています。
———新病院にはMIP(Medical Information Plaza)というスペースが作られましたが、これもスタッフの意識や気持ちの変化につながる取り組みなのでしょうか?
そうですね。MIPには医局、幹部室、院長室、広報室、秘書カウンターのほかに、パソコンスペースやカフェスペースを併設し、職域や立場を超えた風通しの良い環境づくりをめざしています。現代の医療は、医師ひとりの力で完結するものではありません。医師はもちろんですが、患者さんを一番近くで見ている看護師の気付きや栄養士からの提案など、各分野の専門家が知恵を出し合うことで医療が完結する時代です。だからこそ、お互いが気軽に意見を交わせる雰囲気は重要だと考えています。
わたしが積極的に若いスタッフとの食事会を開いたり、夜食を差し入れたりすることもそこにつながります。いわゆるZ世代の皆さんと話すのは面白いんですよ。われわれとは全然違うことに興味があるので、新しい発見があります。職場での意見も大切ですが、よりリラックスした場でふと耳にした言葉の中に、大きなヒントがあったりするものです。
最近、ビジネス書を読んでいると「心理的安全性」というキーワードが出てきますよね。院内の人間関係の風通しが良くなり、心理的安全性が担保されることは、職場環境の改善にとどまらず、患者さんの治療成績にもつながるのです。
二代目の重圧を救ってくれた読書
———若いスタッフとの交流以外に、アイデアを得るために実践していることはありますか?
2011年に父が亡くなり私が院長になったのですが、父は地元医師会の会長を務め、とても社交的でカリスマ性のある人でした。一方、私はごく普通と言いますか、まったく自信がなかったので、院長に就任した当時はかなり悩んだものです。
そのときに救ってくれたのが、本でした。特に印象的だったのは事業継承に関するある書籍で、二代目の成功事例、失敗事例が多く掲載されていました。なかにはひどくやらかしてしまった事例もあり、「うちみたいな小さな病院の問題なんて、ちっぽけなものだ」とだいぶ気が楽になりました(笑)。また、他業種の本を読んで、「ビジネス目線で見ると、病院経営はかなり遅れている」と考えさせられたこともあります。本に限らず今はたくさんのメディアがありますが、医療業界の情報だけを追っていても、病院の中の問題は解決しないと感じています。
もちろん、他の病院を参考にすることもあります。新病院の建設に際して、スタッフとともに10以上、自身に限っては20以上の病院を見学しました。一番刺激を受けたのは、石川県七尾市にある恵寿総合病院です。日本の病院の中で最初にコンビニが導入されたことで知られていますが、経営者の神野正博先生は、医療業界になかった発想を次々に取り入れていて、わたしが尊敬している人物です。
地域へ開かれた病院に
———新病院建設に伴う移転の際に、新しい発見があったのだとか?
小倉第一病院は、長期間にわたり「腎不全の患者さんのための病院」というイメージを持たれていました。しかし、移転の前に、形成外科と皮膚科のドクターが入職して診療を始めたところ、幅広い層の患者さんが訪れるようになったのです。
腎臓病の患者さんは、半数以上が後期高齢者です。ですから、外来の待合室に子供連れのお母さんや学生服を着た方がいる光景は新鮮で、私自身の意識も大きく変わりました。その結果、地域の皆さんにこの病院を知っていただく機会として市民公開講座を開いたり、地元の情報誌に啓発記事を載せたりといった広報活動がぐっと増えました。地域の方に病院に来ていただくことは、経営者としてはもちろん、医者としてもとても意義があり、やりがいを感じます。
テクノロジーの活用でより良い医療を実現
———それでは最後に、「明日の小倉第一病院」「明日の医療現場」とはどのような姿になるとお考えでしょうか?
まず、今話題のAIやロボットなどの新しい技術を、どんどん病院で活用したいですね。入院される患者さんが多い時期などは、われわれ自身が健康に不安を感じるほどハードワークになります。テクノロジーを導入することで余裕が生まれれば、自己研鑽を積むことも、新しい医療の形を考えることもできるでしょう。
もうひとつ期待したいことは、国による大きな変革が前提となりますが、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)という、個人の健康記録の一元化です。既往歴などの情報が瞬時に読み込めますし、それが電子カルテに紐づけられれば、病院側の確認の手間が省け、結果的には患者さんの待ち時間が大幅に短縮されます。
最後のひとつは、医療職に対するイメージの変革です。看護学校への志願者が減り、定員割れの学校が増える中、「医療現場はハード」という認識が広がっています。本来は、人の命と健康を守るために働き、感謝される素晴らしい職業ですので、しっかりとその魅力が伝わってほしい。やはり、「職員の健康・優しさ・やりがいを追求し、患者さんの元気・明るさ・生きがいへと繋げます」という基本方針に戻りますが、それが実現できる業界にしたいと思います。
(2023年7月4日)
明日人の目
医療の最前線がめざす医療従事者の健やかなワークライフバランス
最新の設備を誇るロンドンの大学の医学部の授業を見学したときのことです。
ある日、医学生全員がスケッチブック片手に楽しそうに外出を始めました。ピクニックかと思いきや、到着したのは、大英博物館の、見事な肉体美の彫刻が並ぶ古代ギリシャ・ローマ展示室。思い思いの場所に陣取るやいなや、学生たちはスケッチブックを広げて熱心にデッサンを始めたのです。
「医学生が、デッサン?」
不思議に思い、そばにいたTA(ティーチング・アシスタント)に尋ねると、
「体の一部だけではなく、全身のバランスを観察するトレーニングなんですよ」とのこと。
医療従事者がめざすのは、病や怪我を治療することで、ひとりの人間がより健やかで幸せになることです。しかし、研究熱心な学生に限って、患者さんを見るのではなく、患部だけを見る、患者さんの話に込められた感情に耳を傾けずに、PC画面に表れたデータだけに注目しがちなのだとか。
「ひとりの人間である医療従事者自身が心も身体も健やかで、ひとりの人間である患者さんときちんと向き合うこと。それが治療の第一歩です。それを学ぶためのデッサンの授業なのです」。
中村院長が実践してきた、「職員の健康・優しさ・やりがいを追求することで、患者さんの元気・明るさ・生きがいへと繋げます」という理念は、いまや世界中の医療の現場が取り組むべき、もっとも重要なテーマとなっているのです。
アスビト創造ラボ 編集長
PROFILE
中村秀敏(なかむら・ひでとし)/医療法人真鶴会 小倉第一病院 理事長・院長
1969年生まれ、福岡県出身。3歳のときに父親の中村定敏氏が北九州クリニック(小倉第一病院の前身)を創立。家族とともにクリニックの5階で生活し、職員や患者と家族のような距離感の中で過ごす。1995年、熊本大学医学部卒業。2004年に小倉第一病院副院長、2011年に同院院長に就任。2013年に医療法人真鶴会理事長に就任し、現在に至る。
- 医療法人真鶴会 小倉第一病院 https://www.kdh.gr.jp/