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教育を変える論理的プロセス ~後編~

工藤勇一/横浜創英中学・高等学校長

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:10 教育×明日人

対立を作らない思考

~前編からの続き~

民主主義における「誰一人置き去りにしない」という理論は分かっても、学校や会社などの組織の中で何かを始める、変えるときに反対意見があるのは当然です。しかし、工藤さんは、「最上位目標」を設定できれば、対立を回避できると話します。

「対立が起こると感情的になってしまう人が多いので、『誰の味方でもない、誰の敵でもない』というスタンスを取ることが大切です。『それが難しい』という人たちもいますが、対立は“起こって当たり前”だと思えばいい。そのうえで、『じゃあ、どうやってその状況を変えていこうか?』と考えるだけです。感情とはむしろ逆に、ただ淡々と、詰め将棋でもするように取り組む。僕自身、ずっとそうしてきました」

そんな工藤さんでも、若いときには当然、イライラすることもありました。例えば、頭ごなしに子どもたちを叱りまくる先生がいます。その先生とは意見が合わない……そこで考えたのは、やはり「最上位目標」は何かということ。学校では、「子どもたちにとって良い環境」が最上位目標になる場面がほとんどです。

「仮に、意見が合わない先生と僕が交戦状態に入ったら、子どもたちはとても苦しみます。ですから、『子どもたちにとって—』という最上位目標のためには、相手と良好な関係を築いたほうがいい。その先生も最上位目標は同じですから、『じゃあ、どうしていきましょうか』という話し合いができるわけです」

工藤さんのこのような考え方に影響を与えたもののひとつに、上杉鷹山の言葉があります。

「『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり』という言葉の、最後のフレーズが特に好きですね。『うまくいかないのは、自分が動いていないから』だと。うまくいく方法を考えればいいだけじゃないか、と解釈しています。他の人の力を借りたほうが良ければ、そうすればいいのです」

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言い訳にしがちな“時間”に対する考え方

そうはいっても、限られた時間の中で、「最上位目標」に向かって進むにはどうしたらよいのでしょうか。

「新しいことに取り組むときに重要なのは、まずは状況を“知ること”です。多少は動かないと表面しか見えないので、アクションを起こしながら知ることに努めます。そうすると、取り組みの優先順位が見えてくるので、じっくりやるものと、そうではないものを見極めることができるのです。ただ、多くの人が関わる事柄だと、『これは考えていたよりも時間がかかる』と感じるものもあります。そのときは、判断し直せばいい。例えば、学校の場合だと、子どもの人権に関わるようなことは最優先で取り組まなければいけません。それぐらいの優先順位を見極めるのは、難しくないと思います」

日本の教育が抱える問題

ほかの国と比較して、「日本の学校教育はだめだ」と嘆く人がいます。国と国が地続きであるヨーロッパでは、多くの戦争が繰り返されてきました。第2次世界大戦では、それ以前とは比較にならないほどのダメージが残ってしまいました。

「『これ以上、戦争を繰り返したら、僕らは滅びる』と考えたヨーロッパの人々は、生きるための最上位目標が『平和』だと気づいたのです。『平和』を実現するためには、感情を抑えて、考え方を変えなければならないことを学び、これを概念化しています。それを子どもたちに教えるための市民教育が始まりました。そこで学んだ子どもたちが外に出ていくことで、ゆっくりではあるけれど世の中が変わっていく。このプロセスを教えるのが教育だと思うのです」

現時点で、日本ではそのような教育ができていないと工藤さんはいいます。

「ヨーロッパとは地理的、歴史的に異なる背景を持つのだから、同じ思考に至っていなくても当然です。しかし、日本の教育には問題点があります。日本は、この『平和』という目標を“心の教育”で解決しようとしてきました。つまり『感情』や『感性』の問題を解決できれば、平和になると思ってしまっています。それでは、みんなが一致して最上位目標として合意できませんよね。そういうことを考えられる教育を誰かがやらなければいけないので、『じゃあ、僕がやろう』と思っているだけです」

工藤さんはほかにも、教師が使う言葉がとても保守的であることが問題だと感じています。日本は長期間にわたり人口が増加し、黙っていても経済が発展する時代が続いたため、ひと昔前までは保守的でも問題はありませんでした。

「今は急激な人口減少が進み、教育の本質が問われる時代になりました。それなのに、教員たちは『団結』『協力』『忍耐』と言い続けています。つまり、『まずは我慢すること』だと。しかし現代は、会社と一緒に我慢していたら潰れてしまうかもしれない時代ですよね。自分で考えて、変わっていかなければいけない。ですから、常に自己決定ができる子どもたちを世に出していくことが必要なのです」

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日本中が度肝を抜かれる新システム

自己決定ができる“自律”した子どもを育成するために、横浜創英中学・高校では他校にはない取り組みが進められています。ICTを積極的に導入し、さまざまなツールを使って生徒が主体的に学習するシステムを構築。公式サイトでも確認できるその内容を知れば、「授業をするのは教師」という概念さえ、すでに古いと思えるほどです。2025年を目途に、さらに新たなシステムを導入するための準備が進められています。

「2年後の創英中学・高校を見たら、日本中が度肝を抜かれると思います。現時点であまり具体的な話はできませんが、新しい取り組みのすべてが、文部科学省から告示される『学習指導要領』に沿ったうえで実践できるのです。難解なパズルはほぼ解けています」

教育の現場で大改革を行ってきた工藤さんは、「僕が特別に情熱的なわけではなく、誰かがやらなければいけないことを、ただ淡々とこなしているだけです」と繰り返します。国が長く維持してきた学校制度そのものを変革する原動力はどこにあるのでしょう。

「向き合ってきた子どもたちに対して、“恥ずかしくない生き方をしたい”という思いがあるからです。子どもたちがいなかったら、こんなに真面目に生きていないでしょうね。私自身の子どもに対しても同じ気持ちです。二人の息子に仕事の内容を詳しく語ったことはありませんが、いつか彼らが知ったときに“カッコいい親父”だと思ってほしいですから(笑)」

(2023年3月14日)

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明日人の目

明日人の目

多様な人材を育てるデジタル時代の学校

学び方は人それぞれです。
じっくり時間をかけて納得できるまで繰り返し学ぶのが好きな人もいれば、効率よく要点をつかんでスピーディーに進むのが得意な人もいます。
教師が大勢の生徒に向かって一定のスピードで教える伝統的な教室では、この学び方のスタイルの違いを、
「(授業に)ついていける子と、ついていけない子」
という『能力の差』と評価していました。
それに異を唱えたのが米国の心理学者J・B・キャロルです。
キャロルは、成績の差は生徒の能力に起因するのではなく、
「一人ひとり異なる“学習に必要な時間”を十分に与えられなかったことが原因」だと主張したのです。
『キャロルの時間モデル』と呼ばれるこの考え方は、
「能力差から時間差へのパラダイムシフト」として注目されましたが、実際に教室で実現するのは難しい、とされてきました。
それを可能にしたのが、ICTの進化です。
生徒一人ひとりのパフォーマンスをデータで把握することができ、それぞれの学び方に合わせたサポート=Adaptive Learningができるようになったのです。
いち早く ICTを活用し、生徒の多様な適性にあった先進的な環境作りに「為せば成る」と邁進する工藤校長のもとで、魅力的でクリエイティブな人材が育つのは、確かな未来と言えるでしょう。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

工藤勇一(くどう・ゆういち)/横浜創英中学・高等学校校長

1960年生まれ、山形県出身。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県の公立中学校、東京都の公立中学校に教員として勤める。東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て、2014年から千代田区立麹町中学校の校長に就任。教育再生実行会議委員、内閣府規制改革推進会議専門委員、経済産業省産業構造審議会臨時委員など公職を歴任。現職は学校法人堀井学園「横浜創英中学・高等学校」校長。
「学校の『当たり前』をやめた。生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革」(時事通信出版局)、「子どもたちに民主主義を教えよう―対立から合意を導く力を育む」(あさま社)、「改革のカリスマ直伝! 15歳からのリーダー養成講座 」(幻冬舎単行本)、「考える。動く。自由になる。-15歳からの人生戦略」(実務教育出版)ほか、著書多数

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