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競技かるたをグローバルに

ストーン睦美/競技かるた選手

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:21 伝統×明日人

世界でも珍しい古語&音声を使ったカードゲーム

鎌倉時代の初期に成立した「小倉百人一首」を用いる競技かるたが、約800年を経た現在、世界中に愛好家を持つゲームとして広まりつつあります。その普及活動の第一人者が、A級6段として現役選手でもあるストーン睦美さんです。古語を用いた百首を覚えることは、日本人にとっても簡単ではありませんが、言語や文化的背景が異なる海外の人々に、どのようにその魅力を伝えているのでしょうか。これまでの取り組みと、今抱えている課題について教えていただきました。

飲み会より楽しかった競技かるたの練習

———社会人になってから競技かるたを始めたそうですが、きっかけを教えてください。

「ニュートン」という科学雑誌の編集部で働いていたときに、同僚に誘われて競技かるたの世界に足を踏み入れました。相手陣の札を取った時の気持ちよさや、接戦時の緊張感とそれを制したときの解放感……その快感を味わいたいと、競技にのめりこんだのかもしれません。1989年の1月に「東京東会」(とうきょうあずまかい)に入会し、毎週火曜日と金曜日は練習に参加を。残業しないように仕事を調整し、飲みに行く友人たちをしり目に、ダッシュで練習に向かうほどハマっていました。かるたに引き分けはありません。「勝つ」「負ける」このはっきりした点が、私の性に合っていたのではないでしょうか。ですから、練習で負けたときは悔しくて泣いてしまうこともたびたびありました。

1997年の末まで活動を続けていたのですが、アメリカ人男性と結婚したため渡米し、2000年にはイギリスに渡ることになりました。当時、競技かるたは海外でまったく知られておらず、「もうかるたはできない」とあきらめていました。そんな中、2001年にチェスや囲碁のような頭脳スポーツを競うイベント「マインド・スポーツ・オリンピアード」がロンドンで開催されたのです。何とかしてもう一度かるたに触れたかった私は、「何かできるのでは?」と参加を決意。とはいえ、1歳半の子供を抱え、競技に必要な畳はないし、私ひとりでかるたはできないし……どうしたものかと考えました。メーリングリストの先駆けのようなもので日本の競技かるた選手に、「誰か自費でイギリスまで来てくれませんか?」と声をかけたところ、手をあげて下さった方がお二人いらっしゃって。競技かるたには、読手と競技者2名が必要です。そのときは、私が読手と解説を務め、お二人に競技をしていただくことで形にすることができました。

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海外で初めて競技かるたを紹介した2001年の「マインド・スポーツ・オリンピアード」の様子

イギリスで見つけた競技かるたの新たな魅力

———会場に集まった方々の反応はどのようなものでしたか?

はっきりと覚えているのは、「読みが面白い」と言われたことですね。かるたの読みには独特の抑揚があり、それが「まるでオペラみたいだ」と。競技で札を取り合う姿については、「獲物を狙うタイガーのようだ」という声をいただきました。参加者はひらがなを読めない外国人ばかりでしたが、取り札の端にローマ字で決まり字(その音まで聞けば、取るべき札が分かるという文字)を書き、少ない枚数で札取りに挑戦していただくことに。イギリス人の双子の男子高校生が参加していたのですが、そのおひとりが自陣に残っていた「あ」で始まる札2枚を意図的に右隅に置いたんですね。初めて触れた競技なのに、ちゃんと戦略を立てていることに驚くと同時に、もしかして、ひらがなが読めない外国人でも札の違いさえ認識できれば楽しめるのではないかと思いました。

そんな経験もあって、その後に移住したカザフスタンやタイ、中国はもちろん、その他にも多くの地域で活動を続けました。イスラム圏でイベントを開催したときには80人ぐらいが参加され、散らし取り(正式な形ではなく、散らばった状態に置いた札を二人以上で取り合うカジュアルな形式)の予選、決勝トーナメントと進め、最後は優勝者が胴上げされるほど盛り上がりました。宗教的に毎日お祈りをしている彼らにとって、床に膝をつく姿勢はまったく苦にならず、かるたに向いていたのです。仏教国のタイも、お寺では靴を脱ぎ、ひざまずいて拝みますから、同じようにすんなりと受け入れてもらえました。

海外の方がかるたにハマる理由のひとつは、「難しいことに挑戦している」ということのようです。古い日本語が書かれた札を使い、音を聞き分け、100首の決まり字を覚え(長期記憶)、試合ごとに異なる札の配置を暗記(忘却力・短期記憶)などなど、世界に類を見ない頭脳ゲームでありながら、反射神経や身体能力も必要です。あるブラジル人の選手が「競技かるたは、超むずかしい!」とおっしゃっていたことを覚えています。

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「畳に正座」でなくてもできる?

———文化的な背景によって受け入れられ方が違うのですね。

多くの国で教えるのが難しいと感じるのは、「なぜ、(楽に座れる)あぐらではいけないのか」 ということです。2年ほど前に全日本かるた協会が作成したマナーブックにも、当初、「暗記中のあぐらはダメ」という記述がありました。これについては、海外の文化や風習に違いがあるという観点から削除していただきました。あぐらを奨励するわけではありませんが、文化はもちろん、日本人とは体格が異なる外国人にとって正座は想像以上にきついのです。

日本国内でも70歳、80歳になった選手の中に、「競技を続けたいけど、正座をすると足が痛む」という声があります。ケガや障がいのために座ることができない方もいらっしゃいますので、どんな方でも競技ができるような柔軟さは必要です。そのひとつの取り組みとして、2022年6月には、椅子に座って競技ができる「テーブルかるた」の試行大会を、2023年には「第1回テーブルかるた大会」が全日本かるた協会により開催されました。

この大会では、マウスパッドと同じ材質のものに畳柄を印刷し、札を並べる範囲がわかるようにしたパッドを使用しました。競技かる選手の北村善則さんが開発したものでまだ市販には至っていませんが、日本でも畳のない家は増えていますし、世界中のどこでも練習ができますので今後は普及していくだろうと考えています。

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パッドを使った練習の様子

デジタル時代の新しいかるたも誕生

———“オンラインかるた”が普及しているそうですね。

私も英語訳などで協力させていただいたのですが、石川県にあるBeta Computing株式会社が「競技かるた ONLINE」というアプリを開発してくださいました。競技かるたは密閉された部屋で行われ、選手同士が至近距離で顔を突き合わせます。ですから、コロナの感染が世界中に拡大した2020年以降は、約3年間にわたって大会はおろか練習もできない状況が続きました。2018年、2019年に大津で「おおつ光ルくん杯 競技かるた世界大会」(各国対抗団体戦)が開催され、2020年には「かるたフェスティバル」の開催が決まり世界中から選手が来日する予定だったのですが、それも中止になってしまいました。

どれほど多くの選手がかるたから離れてしまうのだろう……と心配していた中で、「競技かるた ONLINE」が2019年にリリースされていたことはありがたかったですね。私自身、「かるたONLINEオールアメリカ」という大会を企画して3回ほど開催したのですが、運営者が私ひとりなので、世界大会の規模にするのは難しい。そこで、ずっと海外選手を応援してくださり、2018年、2019年の世界大会開催にご尽力くださった「大津あきのた会」の石沢直樹さんに相談したところ、2021年にオンラインでの世界大会が実現したのです。大変残念ながら、昨年、その石沢さんが若くして亡くなられてしまったのですが、後継者の方により、今年6月には第3回のオンライン世界大会が開催されました。

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「競技かるたONLINE」のプレイ画面              ©︎Beta Computing株式会社

「ちはやふる」が変えた競技かるたの歴史

———競技人口増加の大きな要因として、漫画やアニメ、実写映画がヒットした「ちはやふる」の存在は大きいそうですね。

これにはちょっと驚きましたね。この作品を境に、競技かるたの歴史は、紀元前・後と同様に、「ちはやふる前」「ちはやふる後」と言えるぐらい、大きなインパクトを残しています。原作漫画の担当編集者が競技かるたの経験者で、作者の末次由紀さんと一緒に取材をされていることもあり、競技かるたに関する情報や描写が非常に正確です。末次さんの絵も素晴らしいので、「競技かるたは暗くて地味」というイメージも払しょくされました。

「ちはやふる」がきっかけとなってかるた会が誕生した国もありますし、作品の中で基本的な情報がしっかりと紹介されているので、「そもそも百人一首とは」「かるたとは」ということを説明しなくても済む場面が増えています。

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海外のイベントで、着物と袴姿でかるたの出展をしていたところ、現地のコスプレイヤーの方々から『ちはやちゃんだ!』と声をかけられたこともあるそう

多様でグローバルな競技かるたをめざして

———競技かるたの明日を創るため、今後はどのようなことに取り組む予定ですか?

私が運営する「ワシントンDCいにしへ会」でかるたを学んだアメリカ人女性のアンジェリカさんという方は、手足に障がいがある中で長くかるたに取り組み、全日本かるた協会認定の初段も獲得しました。パンデミックの影響で当会は小規模になり、新入会員を勧誘して養成していきたいと思っていますが、彼女が「私を副会長にしてください。初心者の指導にも協力します」と言ってくれています。こういう積極的な選手が育ってくれているのはとてもうれしいことです。

「ちはやふる」や「競技かるた ONLINE」の登場により、私が海外に出た当時とは比べ物にならないほど世界中の人々がかるたに触れる機会が増えています。一方で、興味を持つ人が増えても、例えばアメリカから日本の大会に出場するには渡航費や滞在費が必要です。通常の競技かるたの大会はトーナメント制のため、1回戦で負けてしまうと「1試合するために何十万円の出費」となってしまいます。今年、フランスから数名の選手がワーキングホリデービザで1年間、ツーリストビザで3か月というように日本に滞在し、できるだけ多くの大会に出て昇段を目指しています。しかし、同じように長期滞在できる人は多くありません。日本に行かずとも各国で昇段できるような大会開催を奨励していきたいと考えています。海外の大会開催に関しては、資格のある読手や審判がいないことが問題になることもあるため、読手や審判を養成することも重要です。近い将来には、海外でも全日本かるた協会の公認大会と同レベルのイベントを開催し、競技かるた全体の活性化につなげていきたいですね。

(2023年9月5日)

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ご自宅3Fでの練習風景。右奥がストーン睦美さん、左奥がアンジェリカさん

明日人の目

明日人の目

「勝つか負けるか2つにひとつ」で学ぶレジリエンス

「感じが良い」という表現が、競技かるたの世界では、人並み勝れた“聴く力”のことだと知ったのは、漫画「ちはやふる」に出会ってからでした。主人公の綾瀬千早は、読手が札を読む前のわずかな息づかいや、そばにいる人のまばたきの音までも聴きとれるほど「感じの良い」選手。読み手の声を聴いてから、わずか0.1~0.2秒で札をとることができる類まれなる才能の持ち主です。

では「感じが良い」という天性の資質だけで競技かるたで勝てるのかといえば、さにあらず。札の位置を短時間で覚える脅威の記憶力や、『畳の上の格闘技』とも呼ばれる肉体的な瞬発力のほか、対戦相手との駆け引きなどの心理戦にも長けていなければならない、とてもタフな頭脳スポーツでもあるのです。

そんな競技かるたの魅力はといえば、はかま姿も凛々しいビジュアルや、「まるでオペラ」のように歌いあげる雅な百人一首の世界感もありますが、なによりストーンさんも語る、「勝つか負けるか2つにひとつ、引き分けはない」という潔さではないでしょうか。勝ち負けを決めることにはややもすれば臆病になりがちですが、勝負の醍醐味には、負けなければ学べないこと、負けることで初めて味わう感情もあるからです。

ビジネスの世界では、負けたとき、失敗したときに、その困難をしなやかに乗りこえる力、失敗をバネに大きく飛躍する力をレジリエンス(resilience)と呼び、不確実で変化の激しい時代には、もっとも求められる能力だとしています。

ゲームとしての面白さとともに、体力・持久力・集中力・精神力を磨き、勝負の厳しさとレジリエンスをも身につけることもできる、競技かるた。人材育成のツールのひとつとしても、これからのグローバルな展開が楽しみです。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

ストーン睦美(すとーん・むつみ)/競技かるた選手

科学雑誌「Newton」(株式会社ニュートンプレス)にて編集業務に携わるかたわら、1989年から競技かるたを開始。1997年にアメリカの科学雑誌「サイエンス」のニュース部門に所属していたリチャード・ストーン氏と結婚。その後、イギリス、カザフスタン、タイ、中国と移り住みながら、各国で競技かるたの普及活動を展開。競技かるたのランクはA級6段。現在、「ワシントンDCいにしへ会」会長、「全日本かるた協会」海外窓口を務める。

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