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文武両道で「信頼されるドクター」に

大前翔/医学生・パワートレーニングコーチ・元プロロードレーサー

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:16 スポーツ×明日人

夢に向かって全力疾走

JOCジュニアオリンピック大会の水泳で優勝した小学生が、のちにプロのロードレーサーとして活躍する一方、医者をめざしてまい進——そんな文武両道を地で行く人物がいます。現在、慶應義塾大学医学部に在籍中の大前翔さんがまさにその人。すでにいくつものコトを成し遂げていますが、さらに先を見つめる彼に、止まることなく歩み続けるモチベーションについてうかがいました。

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                                   画像提供:大前翔

未来のオリンピアンからの華麗な転身

———大活躍した水泳から自転車競技へ転向したのはなぜでしょうか?

10歳のときにジュニアオリンピックの「背泳ぎ」で優勝したのですが、それ以降の5年間はあまり活躍できませんでした。そんなときに、YouTubeで「ツール・ド・フランス」を視聴し、雄大な自然の中を自転車で駆け抜けるダイナミックさに惹かれました。もともとスイミングスクールまでのアップダウンのある道を、自転車で走ることが好きでした。詳しく調べてみると、乗り手がペダルに対して何ワットのパワーを入力しているのかを図る「パワーメーター」を使うなど、他の競技に比べてトレーニング方法がかなり科学的だという点にも興味がわきました。

自転車競技は高校から始める選手が多く、中学までに体を鍛えた経験がある人なら、インターハイで活躍することも可能です。「勝てる見込みがある」という点も、決め手になりました。

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苦い経験から学んだ調整法

———医学の道を選んだときも、同じような視点を持っていたのでしょうか?

最初の動機はおぼろげですが、スポーツを続ける中で「もっと人間の体を理解したい」と好奇心が芽生えたのは確かです。また、法学部なども考えたことはありましたが、医学の専門家になったほうが、自分がやりたいこと、将来の選択肢が広がるだろうというイメージもありました。

両親の教えもあり、子供のころから「文武両道を極めたい」と思っていましたし、一度決めた目標を変えることが許せないタイプでもありました。その結果、高校2年生の冬の期末試験のときに、睡眠不足で倒れたことが。両親から「そんなに自分を追い込んでまで医学部に行かなくてもいい」と言われるほど頑張りすぎていました。走りだすと止まれない性格なんですよね。

———時間や体力の調整ができるようになったのはいつ頃からでしょうか?

2021年シーズンをもってプロレーサーを引退した後なので……わりと最近ですね(笑)。それまでは、自転車に対する情熱が抑えきれず、ふだんはトレーニングを優先し、試験前だけ徹夜で勉強するような生活を続けていました。引退して医学部に復学してから、「自分の体を削ってまでするのはおかしい」「直前に詰め込むのは非効率だ」と考えるようになりました。

最近では、毎日7時間の睡眠を軸に生活を組み立て、朝起きたらその日にやるべきことを優先順にメモに書き出します。また、体力だけではなく、脳の疲労にも気をつけるようになりました。ある程度の時間、継続して集中すると脳がエネルギー切れになるので、25分間集中したら5分間休憩する「ポモドーロタイマー」というテクニックを使い、ブレインフォグをつくらないこと、つねに頭が冴えた状態をキープすることを意識しています。

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プロ選手引退後も“二足のわらじ”

———現在はプロコーチとして活動されていますが、学業との両立は難しくありませんか?

結婚と復学を機に、医師になった後も応用がきく仕事をしながら医学部卒業までの生計を立てたいと考えるようになりました。プロ選手としての経験を活かせれば、なお良いと。そこで、妻と交際中だったプロ時代から、所属する愛三工業のチームメイトのコーチングをボランティアで担当し、引退する半年ぐらい前から有償に切り替えました。今でも、当時のチームメイトを何人かコーチングさせていただいています。

私は、筋力とスピードのつながりに重点を置く「パワートレーニング」の資格を取得していますが、このトレーニング方法は日本では普及していません。ですから医学部で培った「膨大な論文を調査し、分析し、解釈して応用する」という学び方をもとに、独学で週に3、4本の論文を読んで自分自身をアップデートするよう心がけています。

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                                   画像提供:大前翔

好きになったら、とことんのめり込む

———研究熱心さは趣味にも生かされているのだとか?

ええ、最近はコーヒーの生豆を購入して、自分で焙煎することに凝っています。好きになったらほかの人がやらないことをしたいので、まずはいろんなスペシャリティコーヒーの豆を買い集め、味の違いを確かめました。そこで気づいたのは、例えば「ブラジル産の豆の場合、中煎りから中深煎りが美味しい」という一般論のせいか、市場に出回っているもののほとんどがこの2種類だけだということ。「では、浅煎りだったらどんな味なのだろう?」と、温度計やタイマーを使って検証しながら「浅煎り」にして飲んだところ、カフェで飲むコーヒーと遜色ないぐらい美味しくて。コーヒーは焙煎してからの時間も重要で、2日後と7日後、1カ月後では味がまったく異なります。手間のかかる趣味ですが、焙煎豆より安く手に入る生豆を自分好みに焙煎し、しかも鮮度が高いうちに飲めるので、やめる理由がみつかりません(笑)。

———それは興味深いお話ですね。カフェ経営にも興味が出てきたのでは?

卒業後は医師になると決めていますが、ビジネスにも興味があるので、余裕ができたらカフェ経営もいいですね。医学を学ぶ中で、街づくりやコミュニティが持つ力にも関心が向くようになりました。プロ選手時代に住んでいた岐阜県や愛知県には、カフェの「モーニング」文化が根付いていて、地元の年配の方で満席になるお店がたくさんあります。都会でひとり暮らしをする高齢者の健康問題などに対しても、こういった場所を作ることはひとつの突破口になるのではないかと考えています。

また、病院がそんな集いの場になったら素晴らしいですよね。例えば1階にカフェを併設したり、多くの人が毎日通る商店街に溶け込むデザインになっていたり——そんな理想も持っています。

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                                   画像提供:大前翔

街の人にとって身近なドクターに

———それでは最後に、「明日の大前翔」とはどのような人物でしょうか?

私自身の目標は、“信頼されるドクター”になることです。水泳、自転車を続けてきたおかげでとても健康ですが、このあふれるエネルギーと優しさを発信して、患者さんはもちろん、街を行き交う健康な人たちからもフランクに話しかけてもらえるような存在になりたいですね。

そのためには、特別な人のための専門的な知識を持っているだけではダメだと思います。パワートレーニングについては何時間でも語れますが、そのニーズはかなり少ないのが現実です。むしろ、「明日もっと元気になるために、今日15分歩いてみよう」というような、多くの人にとって身近な情報を伝えていきたい。これからも、そのための勉強や試行錯誤を続けていきます。

(2023年6月13日)

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明日人の目

明日人の目

スーパーマンのパワーの秘密は“3つの質問力”

高い目標を着実に達成するために、必要なことはなんでしょうか?
不可能と思えることにもおじけずに、チャレンジする勇気でしょうか?
それとも、想定外の苦しい展開にも決して諦めず、必死に食らいつく粘り強さでしょうか?

さまざまな意見がある中で、「目標設計のスキルである」といったのが、米国の教育工学者ロバート・メーガー(Robert F. Mager)です。
メーガーは次の3つの質問を自分自身に投げかけた時、明確で具体的な答えを示すことができれば、必ずや目標は達成できると考えました。

まず、
“Where am I going? ”(どこへ行くのか?)。
山登りにたとえれば、最終ゴールとなる山頂の美しく雄大な景色をあらかじめ心に描くことができるか、ということです。

次に、
“How do I know when I get there?” (たどりついたかどうかをどうやって知るのか?)。
同じく山登りでいえば、本当に山頂にたどりついた証はなにか、ということです。標高を記した標識なのか、それとも登頂記念のハンコなのか。いずれにしても、自分も他人も納得できる目標達成の「ものさし」を用意しているかどうかの確認です。

そして最後の質問が、
“How do I get there?” (どうやってそこへ行くのか?)。
山頂までは、できれば少々キツくても最短ルートで行きたいもの。しかし、天候などの外的な条件や、体力などの内的なコンディションによって、そのルートが難しい場合もあるでしょう。そんな時、最初の計画に固執せず、柔軟にルート変更して、回り道でも安全で確実なルートを選ぶことができる、冷静で科学的な分析力があるか、ということです。

才能と体力と環境と運に恵まれたスーパーマンのように見える大前さんですが、その強さの秘訣は「メーガーの3つの質問」に答えることができる冷静な分析力。水泳選手として、ロードレーサーとして培った目標設計のスキルで、医師としての大きな目標達成にむけて、確かな歩みを進めています。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

大前翔(おおまえ・かける)/医学生・パワートレーニングコーチ・元プロロードレーサー

1997年、東京都生まれ。文武両道を掲げる家庭に生まれ、幼少期から公文式とスイミングスクールに通う。4年生時には競泳の「JOCジュニアオリンピックカップ」にて、「50m背泳ぎ」1位、「50m自由形」3位、「50mバタフライ」4位となり、種目別優秀選手賞に選出。慶應義塾普通部でも水泳選手として活躍し、慶応義塾高校への進学を機に自転車競技に転向。2015年、3年生となって出場した「インターハイ・ロードレース」で2位に。慶應義塾大学医学部に進学後、自転車競技部に所属。翌年からは東京ヴェントスに所属し、「J PRO TOUR」を転戦。2018年にナショナルチームに選出され、2019年には愛三工業レーシングチームとプロ契約を結ぶ。2021年シーズンを最後にプロを引退し、大学に復学。現在は、医学部生兼パワートレーニングコーチとして活動中。

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