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今、回転寿司がピンチ

小平桃郎/水産アナリスト、水産貿易商社「タンゴネロ」代表取締役社長

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:23 食×明日人

世界的に隆盛を見せる魚食文化と日本の状況

2023年は訪日外国人が増え、日本の食文化があらためて評価されています。その代表格のひとつが回転寿司。寿司そのものは以前から知られていましたが、カジュアルに楽しめる回転寿司は「conveyor belt sushi」と呼ばれ、大手チェーンの海外進出も相まって、世界中に広がっています。一方で、水産アナリストの小平桃郎さんは、日本の魚食文化について「このままでは後悔することになりかねない」と警鐘を鳴らしています。若くして海外の漁業の現場を経験し、水産貿易商としての顔も持つ小平さんにお話をうかがいました。

築地で働く親を見て育った水産アナリスト

———まずはご自身と水産業の出会い、関わりについて教えてください。

僕の父親は築地市場に7社あった大卸(生産者から委託を受け、競りを通じて仲卸業者に販売する業者)の1社で働いていました。幼稚園までは築地の奥の豊海町で暮らし、小学校以降は築地に通勤する人が多い千葉の浦安に引っ越し、水産業界に親しみながら成長しました。ただ、築地の人々は夜明け前から働く毎日ですので、水産関係の仕事はとにかく大変だというイメージしかありませんでした。

ですので、積極的に親と同じ仕事に就きたいという気持ちはあまりなく、大学在学中から映像制作会社で働いていました。卒業して半年ほどで、自分の経験や覚悟が足りずわりと早く離職したのですが、親の伝手で、アルゼンチンの水産会社で人生勉強と修行を兼ねたアルバイトをするチャンスが。海外旅行の経験さえなかったのですが、ひとりで南米にわたり、日系アルゼンチン人の方が経営する水産会社でお世話になることを決めました。

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小平さんは築地市場の近くで少年時代を過ごした

日本では得難い経験の数々

———初めての海外生活では大変なことが多かったのでは?

そうですね。僕がアルゼンチンに渡ったのは2001年10月でしたが、その1カ月前に「アメリカ同時多発テロ」が起きました。南米に行くフライトのほとんどはアメリカ経由だったので、空港では厳しいセキュリティチェックの列に並び、言葉も分からない中で何とか手続きを済ませてアルゼンチンにたどり着いたことを覚えています。現地でアルバイトを始めて1カ月ほど経った12月頃、今度は「アルゼンチン経済危機」が。デフレが深刻化して、国自体が経済破綻のような状態に陥ってしまったのです。

そんな状況でしたので、当時まだ現地の言葉も話せない雑用係だった僕は、当然、日本に帰らざるをえないだろうと思ったのですが、社長は「すごい時に来たね。勉強のためによく見ていきなさい」と、そのまま置いてくださったのです。その経験は本当に得難く、今でも感謝しています。

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アルゼンチン在住時の小平さん(右から2人目)

水産ビジネスの魅力と難しさ

———文字通り、日本ではない世界を経験したわけですね。

はい。最初は半年ぐらいで帰国する予定でしたが、トラブル続きだったにもかかわらず、自分の性格が南米の人々や生活環境とすごくマッチすることが分かりました。通っていたスペイン語の学校でも、「せっかくだから、もう少し上手になってから帰ったら?」と背中を押してくれる声もあって続けることに。その時にスペイン語を身につけたことは、ビジネスのうえで大きな強みになっています。

結局、半年の予定が2年半ほどの滞在となり、25歳の時に帰国しました。ただ、当時の日本は本当に就職難だったんですよ。アルゼンチン在住時に、日本から出張してきたビジネスパーソンの方々から、「帰国したら一緒に食事でも」と名刺をいただいていたので、その名刺を頼りに仕事を探しました。

そのころになると、自分の水産業に対するイメージは変わっていました。アルゼンチンで目にしたのは、漁師が命がけで魚を獲り、水産会社の人たちがそれを一生懸命に売る———シンプルな作業ですが、そこにあるプロ意識が素敵だなと。そんな経験もあって、名刺を頂いていた会社のうちの1社でお世話になることになりました。アルゼンチンやカナダなどからエビを仕入れる担当になり、「やるからにはこの道で一番をめざそう」と考えるようになりました。そこでの経験を活かし、2021年に独立して「タンゴネロ」という水産貿易商社をひとりでスタートしたのです。

———本格的に水産業界に身を置くことで見えてきたものはありますか?

“お金を稼ぐ”というビジネスの面で考えると、厳しい業界だと感じています。例えば、工業製品であればヒット商品をたくさん作れば利益を上げられますが、水産業ではそれがとても難しいです。養殖は別として、基本的には原料は環境次第で獲れたものしか販売できませんし、ある魚がたくさん獲れている時は、その魚は相場が下がりあまり売れません。なぜなら、末端顧客の心理として、獲れているうちはまとめ買いをする必要がなく、在庫の飽和状態が続けば値段が下がるからです。逆の理論で、獲れない魚は値段が上がるわけですが、その時は獲れていないから売るものがない。そういう意味で、工業製品のように計画的に生産や販売をして利益を上げることが難しいのです。

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いつのまにか“蚊帳の外”の日本

———海外市場をよく知る小平さんから見て、日本の水産業はどのような状況でしょうか?

たいへん厳しいと言えます。以前は、流通と食文化のいずれの面でも、日本は魚に関する先進国でした。しかし、今は世界各国で魚を食べる人が増えています。世界の市場における日本人は、魚の質や値段に対して細かく注文を付ける一方で、円安の影響もあってあまり多くは買わず、他の国より良い価格も出せない“面倒な客”になっています。結果として、バイヤーとして買い負ける場面が増えています。

僕は自著に『回転寿司からサカナが消える日』というタイトルをつけましたが、本当に消えてしまうとは思っていません。ただ、かつてのように、ほしい魚をほしい値段で買える状況はすでになくなっています。さまざまな理由はありますが、例えば、ALPS処理水放出の影響で、中国が日本の水産物の輸入を停止したことは記憶に新しいですよね。その結果、ホタテを大量に中国へ輸出していた業者が、山積みの在庫を抱える映像が報道され、「輸出に頼らず、もっと自分たちで食べよう」という議論が活発化しています。世界の情勢を見ながらみんなで考えるという、大きな転換期を迎えていることは間違いありません。

———ビジネス的な視点で、他国の勢いを感じる場面はありますか?

海外の水産業界の展示会で不思議な光景を目にします。例えば、ノルウェーでは質の良いサバやサーモンを上手に生産、販売しているので、現地の業者は大きな利益を上げています。ノルウェーで獲れた魚を世界に向けて販売しているのですが、日本は介在していない商売の場合でも、ノルウェーの業者の展示会ブースやパンフレットには、日本の寿司や魚料理の写真がたくさん使用されているのです。

また、回転寿司で提供される寿司ネタは、当初は、日本がアジア各国に原料を送り、委託加工されたものを輸入していたわけですが、日本人が細かく指導した結果、現地の工場が加工技術を身に着け、日本より良い客に販売する現象が起きています。日本国内にあった工場が次々に縮小、閉鎖してしまったことも大きな問題となっています。こうなると、エビやサーモンなどの寿司ネタを求める各国の業者は、原料が必要であればノルウェーやチリなどの産地に、加工についてはアジアなどの工場に問い合わせます。つまり、日本の魚食文化に基づき、日本が教えた加工技術ではあるものの、ビジネスに関して日本は“蚊帳の外”になってしまっているのです。

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おいしい回転寿司を食べ続けられるために

———世界の状況を見ながら、自らの立ち位置を見直す必要があると。

その通りです。もうひとつ、他国が成功している理由として、政府主導のもとで水産業界を発展させてきたこともあげられます。一方で、日本は各企業や団体がその時々に儲かる選択をしてきただけで、足並みがそろっていません。国が指導できなかった点も問題ですが、国に対して働きかける人がいなかったのも事実です。

そうした状況を日本の多くの方々に知っていただき、議論が起きればいいなと思いますが、「アルゼンチン産のエビを食べて!」「どんどん魚を消費しよう!」と押しつけたいわけではありません。ただ、このまま他国に遅れをとり続け、日本に流通する魚の値段が上がり、質が落ちた時に、「もっと食べておけばよかった」「気づくのが遅かった」と後悔するような事態は避けたいと思っています。

日本の大手回転寿司チェーンが海外に進出し、世界各国でカジュアルに寿司を食べられるようになりました。しかし、一皿の価格は日本の何倍もします。一見、安く食べられる日本はお得なように感じますが、これまでの日本は流通の段階で誰かが損をして、安く抑えられていただけなのです。SDGsと同じ考え方になりますが、そんな無理をしている状態では、ビジネスとして長くは続きません。

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みんなが知り、考えることで広がる可能性

———日本の人々や水産業に期待することはありますか?

回転寿司が何十円か値上がりし、外国産の魚が多く出回る状況になっても、寛大な気持ちで受け入れていただきたいというのが本音です。僕は1年以上も毎日アルゼンチン産のエビを使った料理を食べ、SNSにアップしていました。正直に言えば、殻をむくのも、生ごみとして処理するのも面倒ですから、「お肉のほうがいい!」という消費者の気持ちもよく分かります。ただ、ひと手間かけてでも、本当においしいものを味わってほしいですし、世界で評価されている日本の魚食文化を失うのはもったいないですよね。とにかく現状を知り、議論していただく。そのためにも自分が知り得る情報は、これからも発信していきたいと考えています。

パンデミックや中国による日本産水産物の輸入停止のほか、SNSで炎上した、いわゆる“寿司テロ”など、水産業界や魚食文化に対してネガティブなことが立て続けに起こりました。しかし、だからこそ、ここ数ヶ月さまざまな形で話題になり危機感を持つきっかけができ、2023年末以降の国内消費は拡大するのではないかと期待しています。

(2023年12月26日)

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明日人の目

明日人の目

秒速4センチの究極のグルメ

ニューヨーク・タイムズ紙が2023年1月に発表した『今年の食のトレンド』が、“Japan-Adjacency”。

『日本っぽい感じ』というニュアンスのこの言葉は、料理界のイノベーションを象徴するキーワードとしてさまざまなメディアに取りあげられましたが、中でも話題になったのが、
日本料理じゃなくて、『日本っぽい料理』ってなに?
という点です。

日本料理の魅力といえば、まず、醤油やダシに象徴される独特の『味』。そして、素材のもち味と新鮮さを最大限に活かす調理の『技』。さらに、季節感やおもてなしの気持ちを表す盛りつけの『美』があがります。

今までも、和のテイストを加えたオシャレなフレンチやイタリアンは「新しい!」と人気でしたが、世界が驚いたのが、フード・ビジネスにおける日本の先進性でした。

その典型が小平さんも注目する『回転寿司』。これは、寿司職人不足の解決策として、なんと50年以上前に編みだされた、いわば『寿司界のDX』です。今やロボットとAIを駆使して、寿司職人の繊細な技を再現するだけではなく、顧客一人ひとりの好みとニーズにスピーディに対応する、フード・サービスの『多様性』『個別化』『効率化』も可能にしました。

中でも、日本人の感性のきめ細やかさの例として上がるのが、回転寿司のレーンの速度です。顧客が、ネタの色艶を見て、今日の体調や季節感、ネタの取り合わせを考えながら、「次はコレ!」と手をのばすちょうど良いタイミングが『秒速4センチ』だとか。ちょっとでも早くては慌ただしく、ちょっとでも遅いとイライラする、絶妙のタイミングです。

秒速4センチで回る回転寿司のレーンには、やがて寿司だけではなく、ラーメンもフレンチフライもパフェも、分け隔てなくのるようになりました。このような料理のマッシュアップを可能にしたのも、“秒速4センチの究極のグルメ”が生んだイノベーションでしょう。

地球温暖化による水産資源の枯渇など、とりわけ『魚』にまつわる問題は年々深刻になっています。小平さんのように、食をとりまくビジネス、社会全体を俯瞰する水産アナリストの提言が、『日本っぽい』持続可能な食文化、未来の食ビジネスを創造するに違いありません。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

小平桃郎(おだいら・ももお)/水産アナリスト、水産貿易商社「タンゴネロ」代表取締役社長

1979年、東京都生まれ。大学卒業後、映像制作会社勤務を経て、単身アルゼンチンへ。現地でイカ釣り船を操業する水産会社に雇用され、アルバイトとして2年半の経験を積む。2005年に帰国し、輸入商社を経て大手水産業者に勤務。2021年に独立し、水産貿易商社「タンゴネロ」を創業。各メディアで水産アナリストとしても活動し、2023年7月に『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書)を上梓。

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