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人を楽しむ本屋さん、開店!

中西功/BOOK CULTURE CLUB代表

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:8 本×明日人

本が大好き!というわけではなく

東京を東西に貫く中央線沿線に位置する吉祥寺に、今、“本”の風が吹いていることをご存じでしょうか。仕掛け人の中西功さんは、大の読書家ではありません。「必要に迫られて本を読むようになりました」と話す控えめな人物です。

大学卒業後、楽天株式会社(現:楽天グループ株式会社)に就職した中西さん。ECコンサルティングやイベント企画運営の仕事で多忙を極める中、上司から企画書の提出を何度となく迫られて頭を抱えていました。そこで彼が救いを求めたのは“本屋”でした。

「本を読んでヒントを得ようとしました。いわゆる読書らしい習慣を持たなかった僕が、一回で30冊ものビジネス書を買うようになったんです」

その読書体験は仕事に役立ちましたが、すぐに別の問題が発生しました。妻とともに暮らす部屋の中に、蔵書が山のように積み上がってしまったのです。

「捨てるのはもちろんもったいないですよね。かといってチェーンの古本屋に持ち込んでも二束三文にしかならないし、面白味もない。そこで、“自分で売る”ことを考えました」

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中西さんが初めて手掛けた“本屋さん”。その名も「無人古本屋 BOOK ROAD」!

会社員+書店オーナー、二足のわらじ

思いついたらすぐに行動するのが中西さんです。建築家として活動している弟の中西健さんと力を合わせ、2013年4月に「無人古本屋 BOOK ROAD」をオープン。「無人の古本屋とは画期的!」と思うかもしれませんが、会社勤めを続けていたため無人で経営せざるを得なかったのです。ただし、そこには中西さんならではの工夫が。

「本の代金を徴収する仕組みとして、購入した本を入れるための袋をガチャガチャのカプセルに入れて販売しました」
必要に迫られた末の、アイデアの勝利です。本を盗まれるどころか、逆に訪れた人が「ゴミが落ちていたので捨てておきました」とメッセージを残してくれたりと、思いがけないことが起きたのです。

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店内に掲示されている購入方法。何だか買ってみたくなります

新時代の本屋は、本屋以上の存在価値

「BOOK ROAD」のオープンから数年が過ぎたころ、中西さんが会社を辞める決心に至った出会いが訪れます。
「人気レストランが入っていた良い物件がずっと空いていたんです。てっきりどこか別のお店が入るものだと思っていたのですが、借り手は誰もいませんでした。何気なしに内見できるか聞いたところ、僕の誕生日である11月19日に内見させてもらえました。そして、すぐに『借ります』と決めたんです。この出会いが僕の背中を押してくれました」

これが、大きなステップとなる「ブックマンション」につながります。本棚の約80枠をレンタルスペースとして扱い、借り主が小さな本屋のオーナーになれる“シェアする本屋”の誕生です。2019年7月のことでした。オープン後、「ブックマンション」には本屋以上の存在価値があることに気づきます。

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この一枠一枠がすべて別々の本屋さん。見ているだけで飽きることはありません

個性豊かな本とオーナーたち

「棚全体をシェアするシステムですが、さらにその中の一枠をご家族でシェアしたり、『広島カープ』関連本だけで埋め尽くされた“小さな専門店”を開く人が現れました。それだけでも面白いのですが、そんな人たちが店番や本の補充のために集まることで、新たな交流が始まったんです」

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中西さんが指さす先には、広島カープ関連本のみを扱う「KAWA BOOK」が

本&ZINE≦人が起こす現象

2022年8月に「ZINE FARM TOKYO」をオープンしたきっかけも、偶然の出会いによるものでした。ZINEとは、個人やグループが既成の製本ルールや表現にとらわれず、自由な手法で作り上げる紙メディアです。中西さんは、「ブックマンション」に通う美大生との何気ない会話からZINEの存在を知ることに。その魅力を熱く語る姿を見て、ZINE以上に、ZINE好きな“人”に興味を持ったのです。

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サイズもページ数も紙質も異なる多種多様なZINEは、作り手の個性をそのまま表現しています

人が集うためのインフラ整備

会社員時代に培ったイベント企画運営のノウハウを駆使し、吉祥寺PARCOの屋上で「ZINEフェスティバル」を開催。「ZINE好きな人たちに会いたい」という願いがかなっただけではなく、各出展者に30分ずつ会場の受付や誘導をお願いしたところ、うれしい発見がありました。

「今まで接点のなかった人同士がペアになって作業をすると、30分後には仲良くなってしまうんです。『僕は“骨”に関するZINEを作っているよ』『面白そう。あなたのブースに遊びに行くね!』という感じで輪が広がっていく。人が集まったときに起きる、こういう現象を見るのが好きですね。そんなこともあって、イベントを何度か開催した後、『ZINE FARM TOKYO』を作りました。いまだに僕自身はZINEを作ったことがないんですけどね(笑)。僕の役割は、面白い人たちが集う場所を作る、インフラを整えることだと考えています。今は2023年3月中のオープンを目指して『BOOK CAFE TERMINAL』を準備中です。『ブックマンション』や『ZINE FARM TOKYO』とはまた少し違った人たちが集まってくれるかもしれません」

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「ZINE FARM TOKYO」のメンバーになると使用できるリソグラフは、独特な色彩の印刷が可能

「僕は空っぽのPCです」

自宅の蔵書整理から始まった行動が、いつのまにか大きなプロジェクトとして成長。しかし、当の本人はあくまで肩の力が抜けています。

「僕が種をもらうのは、多くの場合、ひとりの人の情熱から。自分が『面白い』と感じたら行動にうつります。そこで考えたことを世に出し、みんなの反応を見ながら修正していきます。常に修正しながら運用し続けることが、楽天時代に学んだwebサービスの思想です。僕自身は、自発的に動き出すことがない、空っぽのPCやスマホみたいな存在かなと。誰かがネットワークに接続し、マウスやキーボードを使ってワクワクすることを入力してくれれば、ちゃんと反応します(笑)」

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本の販売のほか展示企画などが行える「ブックルーム」も運営。過去には「それ、書初めで書いたらダメでしょ展」などを開催

時代に合った本屋を

中西さんが思い描く「明日の本屋」とは?

「それは見えていません。これからの本屋は、これからの人たちが作っていくものだと思うんです。例えば、ゲーム好きの人たちの間でよく使われているDiscordというボイス・テキストチャットツールがあります。最近は一般化していますし、今後、Discordネイティブな世代の人たちが作る本屋のような、まったく新しいものが誕生するかもしれません」

明確な目標に向かって力強く進むのではなく、出会った人やもの、時代や状況に合わせて変化できる柔軟さ。プロジェクト実現のためにしっかり行動するものの、どこまでも自然体な中西さんの周りには多くの人が引き寄せられます。彼らと一緒に、これからも想定外なモノやコトを運んでくれそうです。

(2023年2月21日)

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オープンに向けて準備が進行中の「BOOK CAFE TERMINAL」。吉祥寺にまたひとつ、居心地の良い場所が生まれそうです

明日人の目

明日人の目

本の世界の“Hole in the Wall(壁の穴)”

「人は教えなくても、自ら学び、成長することができるのか」という問いを検証する実験が、かつてインドで行われました。“Hole in the Wall(壁の穴)”と名づけられたこの実験は、英国ニューカッスル大学教授でAIや認知科学の権威でもあるスガタ・ミトラ氏の指導のもと、首都ニューデリーのスラム街で始まりました。街角の壁にインターネットに接続したコンピューターを設置し、ふだん学校に行けない、英語も話せない、貧しい家庭の子供たちに自由に使わせたのです。
大方の予想は、「コンピューターに興味をもったとしても、せいぜいゲームをするくらい」でした。しかし実際はどうだったかというと、子供たちはほどなくGoogleで検索する方法を見つけ、興味のあることを調べ始め、さらに音声認識機能を使ってクイーンズイングリッシュを身につけ、驚くべきことに富裕層の子供たちよりも高い学力を示し始めたのです。
「人が学び成長するためには、好奇心をくすぐる環境と、いっしょに試行錯誤する仲間と、『すごいね!』と感心してくれるひと、この3つがあればいい」 そう話すスガタ・ミトラ氏は、この自由で理想的な学習環境をSOLE(Self-Organized Learning Environment:自主管理学習環境)と呼びましたが、中西さんの創るブックマンションもZINE FARM TOKYOも、まさに『本』の世界のSOLE。そこに集う仲間たちが、思いがけない「学び」を発見し、人生を豊かに彩る、新しい本の世界なのです。

 

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

中西功(なかにし・こう)/BOOK CULTURE CLUB代表

1978年、東京都生まれ。立教大学法学部を卒業後、楽天株式会社(現:楽天グループ株式)に入社。 ECのコンサルティングやイベントの企画運営に携わる。2013年4月に「無人古本屋 BOOK ROAD」、2019年7月に「ブックマンション」をオープン。同じ形式の本屋作りを支援しながら、2021年3月には「実験本屋BOOK ROOM」、2022年8月に「ZINE FARM TOKYO」をオープン。ほかに、吉祥寺PARCOでの「ZINEフェスティバル」「古本市」、映画の上映会や短歌の展示企画を含む「本屋の文化祭」などを主催。現在は「BOOK CAFE TERMINAL」プロジェクトを進行中。

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