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“ごみゼロ”を目指す町 ~上勝町 後編~

藤井園苗/ゼロ・ウェイスト推進員

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:19 地域×明日人

未来に向けた新「ゼロ・ウェイスト宣言」

徳島県の上勝町が2003年に発表した「ゼロ・ウェイスト宣言」には、「2020年までにごみの発生率を最小に、回収率を最大に」という目標が記されていました。期限となる2020年までに、ごみのリサイクル率80パーセント以上を達成した同町では、2030年に向けた新たな宣言を発表。この中には、「暮らしを豊かにする」「あらゆるチャレンジを行う」「新しい時代のリーダーを輩出する」という、さらに先を見据えた項目が盛り込まれました。ゼロ・ウェイスト推進員として活動する藤井園苗さんに、町民の声を生かすための町づくりについてお話しいただきました。

素晴らしいけれど大変なごみの分別

———推進員の目から見る「上勝町の現状」とはどのようなものでしょうか?

「ゼロ・ウェイスト宣言」が初めて発表された当時、わたしは町外に住んでいたためあとから聞いたのですが、当初は反対や不安の声が大きかったそうです。取り組み自体は素晴らしいですし、町外の方から賞賛されることはあるものの、町民にとって“ごみ処理”は日常の一部にすぎません。自分たちが出したごみを自分たちで運び、45種類に分別しなければいけないわけですから、宣言から20年を経た今でも、大変で難しいと思っている方は多いと思います。

町民は「ゼロ・ウェイストセンター」にごみを持ち込み、分別します。量が増えるとどうしても、食品容器がしっかり洗浄されていないなどの点から精度が落ち、リサイクル率が下がります。それを改善する施策として、「ちりつもポイントキャンペーン」を実施しました。分別に協力した町民にはポイントが付与され、環境に配慮した日用品などと交換できる仕組みです。これは、ごみをセンターに持ち込む町民の生の声から誕生したサービスです。

「どうしたら低抗感なくごみを持って来てもらえるか」「面倒がらずに分別してもらえるか」を考えることにゴールはないと思っています。町民からあがっている「分別数があまりにも多い」「ごみを収集してほしい」という声への対応は今後の課題ですが、新しい宣言の中では、町民の負担軽減を目指す趣旨が盛り込まれています。

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ごみの持ち運びが難しい町民のために、2カ月に一度「運搬支援」を実施       ©︎上勝町

町民が幸せになれることが大事

———続けてきたからこそ聞こえてきた声、見えてきた課題に、新たに取り組んでいらっしゃるということでしょうか?

おっしゃる通りです。最初の宣言においては、「焼却処理及び埋め立て処理を2020年までに全廃するよう努める」という目標を掲げていましたが、新しい宣言には「そこに向かうことで町民は本当に幸せになれるのか?」という疑問を反映し、「暮らしを豊かにする」という項目がプラスされています。ただ、新宣言から3年が経った今でも、仕組みが大きく変わったわけではないので、町民からすると、心の負担が減ったという実感は薄いかもしれません。

もちろん、好転している部分はあります。モノを作って売る動脈産業と、廃棄物を再生処理する静脈産業それぞれに、協力を仰げるようになってきました。静脈産業の例をあげると、食品や飲料の劣化を防ぐためにアルミを付けて加工された紙パックは「難再生古紙」と呼ばれ、焼却扱いされていたのですが、これをリサイクルできる業者さんとの出会いがありました。人口が少ない上勝町からは小さなロット数しか出ないのですが、ボランティア同然の形で引き取ってくださるため、難再生古紙のリサイクル率は格段に上がっています。

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廃品から生まれ変わった製品を扱うリメイクショップ「くるくる工房」の布ぞうり   ©︎上勝町

必要なのは「自分の町をどうしたいのか」を考えること

———SDGsに対する意識が広まっていますが、上勝町の経験からアドバイスできることはありますか?

ごみ問題は生活そのものに直結しているため、首長と担当職員はもちろん、住民の足並みも揃わないと動き出せないと思います。これから焼却施設の更新を迎える、もしくは10年以内ぐらいに対応が必要な自治体は動き出すチャンスです。立地条件や予算はもちろん、農家が多かったり、ビジネス街があったりと、自治体によって排出されるごみも異なります。ですから、上勝町のやり方をそのままマネしても成功しないことは明らかです。

参考にしていただきたいのは「上勝町と同じ手法」ではなく、「自分たちの町をどうしていくのか」というビジョンです。例えば、「自分たちの町で出るごみと向き合い、周りにどんな業者さんがいて、どういう処理が可能なのか」をしっかり調べること。基本的な情報を把握することで不安が少なくなり、具体的に動けるようになるのではないかと思います。このように、行政と市民の間で情報や認識の共有を図ることはかなり重要です。

これは私見ですが、日本の国民性だから実現できる部分はあると思っています。自分たちの生活の中に課題があり、そこに携わる人たちがどんな気持ちで仕事しているのかを丁寧に説明すれば、日本人の多くはきちんと理解し、協力を惜しまないのではないかと。

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                                       ©︎上勝町

「課題先進地」が考える解決への第一歩

———上勝町の人口は、最初の宣言が出された2003年時点で約2,200人、現在は約1,400人と過疎の問題も抱えていますが、「ゼロ・ウェイスト宣言」に賛同して移住してくる方もいらっしゃるのでは?

「先進的な取り組みをしている町に住みたい」という理由で移住してくる方はいますし、最近、上勝町内でビジネスを始める方の多くは、事業コンセプトの中に「ゼロ・ウェイスト」の理念を多少なりとも取り入れています。「ゼロ・ウェイスト宣言」より歴史が長い「葉っぱビジネス」や、日本初の助け合いタクシー事業、小学校の廃校を活用した住宅など、本当にアイデア満載の町です。小さい町だからこそ、「どう生き残っていくのか?」を必死で考えています。

上勝町は山奥の町ですので「助け合い文化」があります。また、自分でモノを作る技術や、何かを生かすアイデアも豊富で、わたしの周りには尊敬できる大人がたくさんいます。そうした山の暮らしの豊かさが、高齢化や過疎化によって失われてしまうのは残念ですよね。町や自然を知り尽くした高齢者の知見を、人口の4分の1程度しかいない若者に伝えるのはかなり困難です。上勝町は「課題先進地」とも呼ばれ、日本が抱える社会問題が先行して表面化している場所でもあります。高齢化や過疎、ごみの問題など、ほかの地域でも同じ課題はあるはずでが、実態を知らない、あるいは「誰かがどうにかしてくれる」と考えている人が多いのではないでしょうか。まずは現実を知り、“自分ゴト”だと認識することが重要だと思います。

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                                  ©︎上勝町

五感で感じる“ごみゼロ”の明日

———多くの課題に対して、どのような“明日”を期待していますか?

2020年に完成した「ゼロ・ウェイストセンター」は、町民がごみを持ち込んで分別作業をする場だけではなく、学びの場としての機能も持っています。修学旅行で上勝町にいらっしゃる学生さんに、分別体験を通して自分の街との違いを体感していただいています。「Z世代」と呼ばれるみなさんは、環境学習が一般化された後の世代ですので、社会問題に対してとても意識が高い。一方で、環境学習に触れてこなかった上の世代の方々にどう伝え、理解していただくかは今後の課題だと思います。

「ゼロ・ウェイストセンター」には、ごみ処理場特有の臭いがなく、樹々のさわやかな香りがします。これは、ごみを丁寧に洗い、生ごみを堆肥化している町民の努力のたまものです。こうした匂いなどは写真や映像では伝わりませんので、ぜひ上勝町にお越しいただき、五感で触れていただければと思います。「上勝町に行って、自分も変わった」という人が増えたらうれしいですね。

(2023年8月22日)

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                                       ©︎上勝町

明日人の目

明日人の目

上勝町に学ぶグローバルな課題解決の戦略

保育園の経営者の悩みのひとつが、お迎えの時間に遅れる親御さんが多いこと。これは世界共通の課題です。この課題を解決するために2人の経済学者が、イスラエルの10か所の保育園で実証実験をしました。「遅れた親から罰金を取る」というルールを導入したのです。

20週間におよぶ実験の結果、親の遅刻は無くなったのでしょうか?

実は期待を裏切って、遅刻の数は実験前の2倍にもなってしまったのです。

インセンティブ(動機付け)には3つの種類があり、使い方を間違えると、インセンティブのダークサイドに落ちる、と言ったのは著書『Freakonomics(ヤバい経済学)』で一世を風靡した経済学者スティーヴン・D・レヴィットです。経済的、社会的、そして道徳的の3つのインセンティブの中で、イスラエルの保育園のように、「罰金を払う」という経済的なものを最初に選ぶと、「追加料金を払えば堂々と時間延長できる」という間違ったルールがまかり通ってしまい、課題はさらに深刻になってしまうのです。

持続可能な社会を目指して、「素晴らしいけれど大変なゴミの分別」に取り組む場合もしかり。社会的あるいは道徳的な理念を共有せずに、経済的なインセンティブだけを掲げると、多くの人は面倒を嫌がり、楽な方へと気持ちが傾いてしまうでしょう。

新しいゼロ・ウェイスト宣言に、「暮らしを豊かにする」という道徳的なインセンティブをプラスし、さらに「上勝町に行って、自分も変わったという人が増えたらうれしい」という夢を抱く職員たちがリードする上勝町の戦略は、きっとグローバルな課題解決の貴重な事例となるに違いありません。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

藤井園苗(ふじい・そのえ)/上勝町ゼロ・ウェイスト推進員

航空自衛隊での活動を経て、「NPO法人ゼロ・ウェイストアカデミー」に参加するため徳島県に移住。同団体で事務局長、役員として10年間活動。過疎高齢化が進む上勝町で、「シルバー人材センター」「有償ボランティアタクシー」などの事業を行う「一般社団法人ひだまり」を設立。理事をつとめながらゼロ・ウェイスト推進員としても活動し、さまざまな事案への対応や企画立案を行っている。

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