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「風景のアロマ」を世界へ

門田クニヒコ/(株)五島つばき蒸溜所 代表取締役

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:15 ものづくり×明日人

本当に“つくりたいもの”を造るために

日本全国が冷え込む1月から3月にかけて、長崎県の五島列島では椿の花が咲き誇ります。たった3人の“酒造りのプロフェッショナル”が、その椿の実をキーボタニカルにしたクラフトジン「GOTOGIN」を生み出しました。17種類のボタニカルをそれぞれ独自に蒸溜し、裏山からの湧水を椿の炭でろ過して使用するなど、こだわり抜いた逸品として多くのファンを獲得しています。2022年12月に創業した株式会社五島つばき蒸溜所の代表取締役・門田クニヒコさんに、「GOTOGIN」誕生の物語をうかがいました。

50歳の節目によみがえった「カッコいいお酒を造りたい」という想い

———大企業を辞めて、小さな蒸溜所を創業するに至った経緯を教えてください。

私が勤めていたキリンビールには、50歳を迎える社員に向けたキャリア研修があります。社会人生活を振り返り、セカンドキャリアを考えるために実施されていますが、この研修の中で、「なぜこの会社に入ったのか」というところから、自分のキャリア年表を書く機会がありました。そのときに改めて、酒造業界を選んだ理由を見つめ直し、「お酒とはカッコいいもの。カッコいいお酒を造りたい」という若いころの思いに立ち返りました。大量生産、大量消費を前提としたお酒ではなく、土地のパワーを表現するようなお酒が造りたいと。

2021年の3月にその研修が行われた後、マーケティング業務でご一緒していた小元俊祐さんに想いを打ち明けました。5月には二人で五島を訪れ、ほかのいくつかの候補地も巡りながら、「蒸溜所を作るならブレンダーが必要だ」ということに。そこで、キリンのチューハイ「氷結」のプロジェクトメンバーとしてご一緒だった鬼頭英明さんにお声がけをしました。鬼頭さんは「氷結」の初代から味づくりを担当しているブレンダーで、20年来の仲間です。

相談を持ち掛けた際は「ちょっと考えさせてほしい」とのことでしたが、その週末には「本気だよね?」という確認のメッセージが届き、さらにその翌週には、私たちより先に辞表を出されていました(笑)。鬼頭さんは9月にはお辞めになり、私は創業企画書などを用意しながら翌2022年の2月に退職を。その後は、4月に五島に移住、12月に「五島つばき蒸溜所」を創業という流れです。クラフトジンの市場はヨーロッパを中心に約1兆2000億円ありますが、日本ではまだ70、80億円ぐらいの規模ですので、当初から世界に向けて発信することを考えながら準備を進めました。

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“伝説のブレンダー”と呼ばれる鬼頭英明さん

五島をお酒で表現したい

———ほかにも候補地があったそうですが、五島を選んだのはなぜでしょうか?

お酒造りには、自然が豊かで水が綺麗であることは必須で、あとは地元の歴史や文化に詳しい方がいる土地が良いと考えていました。よく耳にする「地酒」という言葉は、“地方の酒”ではなく、“土地の酒”という意味です。静岡県の蒲原町と愛媛の西条市、そして長崎県五島市がある福江島の3カ所が候補になりましたが、いずれも景色が良く、水も良く、とても魅力的な土地でした。

中でも五島には美しい自然にくわえ、歴史や文化が豊かな風土に入り交じり、人々の暮らしにしっかりと根付いていました。よく、五島は「光の島」「祈りの島」と言われますが、 私たち3人が最初に訪れたときに感じた“慈しみ”の島という印象は今でも変わりません。潜伏キリシタンの歴史も含め、島の人々は大切なものを守り続けて日々の生活を送っていらっしゃいます。島の文化を守りながらも、外から来た私たちに対してオープンマインドで優しく接してくださり、「こんなに心豊かに生活している日本人がまだいるんだ」ということにも心を打たれました。ほかの候補地も素晴らしかったのですが、「この土地をお酒で表現したい」と一番強く感じたのが五島だったのです。

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遅れに遅れた蒸溜所の建設

———場所選びも含め、3人の合意形成には時間がかかったのでしょうか?

蒸留酒を造ろうと話し始めたときに、3人で一番考えたことは「どういうお酒を作りたいのか」ということでした。大手メーカーが造るお酒は、大量消費される社会的インフラの中で、日用品に近い存在だと思います。たくさんの人を幸せにできることは素晴らしいのですが、私たちは「お酒はカッコよく、豊かなものだ」という点に立ち返ろうと。日本酒やワインでは当たり前である「土地を表現する」ことを追求しようということで一致しました。ですから、五島に決めるうえで意見が分かれることはありませんでしたね。

———壁にぶつかったというようなことはなかったのでしょうか?

年末年始はお酒の消費が増えるので、なんとか2022年12月までに発売したいと考えていました。蒸溜器はオーダーメイドで発注から納品までに1年かかるため、2021年秋に発注し、2022年の8月末には納品されましたが、蒸溜所の建設が予定通りに進まず、納品時点では建物が完成していなかったのです。しばらくの間はブルーシートをかけて屋外に設置していましたが、台風が来る季節でもあったのでドキドキしながら見守っていましたね。そんなこともあって営業免許の取得も遅れたのですが、なんとか12月の創業にこぎつけました。

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ジンを通じて一人ひとりと“つながる”喜び

———この蒸留所を作ったことで学んだこと、感じたことはありますか?

私がキリン時代にブランドマネージャーを担当していた「一番搾り」は、1カ月間で600万人の方々に飲まれていたので、お客さん一人ひとりの顔はなかなか見えませんでした。でも、五島つばき蒸溜所ではオンラインストアも自分で対応しているので、例えばGOTOGINの発送をお待たせしてしまったお客様にお詫びのメールを送ると、「ずっと待ちますから、体を壊さないで頑張ってくださいね」というメッセージをいただくことがあります。これは本当にうれしいですね。蒸留所には各地から毎日たくさんの方が遊びに来てくれて、“つながっている”と強く感じます。

「一人ひとりに物語を味わってもらい、パーソナルに繋がりたい」という気持ちで始めた事業ですから、皆さんの反応をダイレクトに感じられることこそ、一番の学びかもしれません。そういう意味では、この島に来てから、三人そろって地元の混声合唱団に入ったことも“つながり”のひとつですね(笑)。

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椿のアロマが伝える五島の「物語」と「豊かさ」

———その“つながり”は、五島つばき蒸溜所が目指すジン造りにも影響していますか?

そう思います。「おいしさ」とは、単純に味覚だけの問題ではなく、頭や心で感じるおいしさがあり、その3つが揃ったときに本当の意味で「おいしいもの」を味わえるのではないかと思うのです。

酔ってストレスを解消することもお酒を楽しむ大事なポイントですが、好きなブランドのお酒を飲んで、心身ともに本当に気持ち良くなれるときこそ、幸せを感じられますよね。GOTOGINを飲み、つばきのアロマから五島を思い描き、土地の物語を感じることで豊かさを味わってもらいたいと考えています。

私たちが五島に感じる「慈しみ」は、五島に根付くキリスト教の「蘇生」にもつながると思うのです。どんな人でも必ず疲れるときはありますよね。それでも、「明日も頑張ろう!」と気持ちを蘇生させる力が、お酒にはある。GOTOGINを飲んでそう感じてもらえたら、こんなに幸せなことはありません。

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世界中の人が訪れたくなる蒸溜所を目指して

———それでは最後に、門田さんが思い描く「明日のクラフトジン」「明日の五島つばき蒸留所」の姿とは?

五島つばき蒸溜所の蒸溜器には、つばきの種のように丸い形をした部分があり、通常の蒸溜器より内面積が大きい分、蒸気を大量に処理することで雑味のない蒸溜液が造れます。17種類のボタニカルは、素材ごとに割り方や漬け込むアルコール度数を調整し、カッティングポイントを追究するなどこだわり抜いていますが、手間数や製法でアピールしたいわけではなく、あくまで「おいしさ」を届けたいと考えています。

GOTOGINは「風景のアロマ」というテーマを掲げていて、飲んだ人がこの島を思い描き、世界中からやってくる——それが目標です。多くの酒類がある中でジンを選んだのは、そういった側面も大きいんですよ。ジンはビールのように賞味期限が短くないので非常にグローバルです。さらに、その土地のボタニカルを使って表現できる味やアロマの自由度が高いので、たとえ日本の西の果てからでも、五島の豊かさを世界中に届けることができます。

この10年間、ジンの市場は大きく成長しています。以前からカクテルの割り材としては知られていましたが、ジン自体を特徴付けて、そのものの味わいで差別化するという考えは根付いていませんでした。最近では、世界中の蒸留家が、それぞれの土地を表現する新たなジンを提案しているように見えます。GOTOGINを通して、そのアップデートのひとつになれればうれしいですね。

(2023年5月30日)

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明日人の目

明日人の目

夢をかなえる“やりぬく力”が生んだクラフトジンの新たな世界

ある教会の建築現場でのお話です。
黙々とレンガを積んでいる3人の職人に、

「あなたは、なにをしているのか?」と尋ねたところ、
最初の職人は「レンガを積んでいる」と応え、
2番目の職人は「教会を造っている」と言い、
3番目の職人は「ここに来る人が感動し、心を癒すことができる聖堂を造っている」とほほ笑みました。
さて、この中で「夢がかなうまでやりぬく力」があるのは誰でしょうか?

やっていることは同じでも、最初の職人はそれを単なる「タスク(与えられた作業)」ととらえ、2番目の職人は「キャリア(実績)」ととらえ、3番目の職人は自分の「天職(待遇や評価に関係なく、心から満足して続けられ、社会に貢献できること)」ととらえていると分析したのは、世界的なベストセラー『Grit:グリット、やり抜く力』の著者で、心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏です。

そして最後まで手を抜かずに、“いい仕事”をやりぬいたのは、もちろん3番目の職人で、「パンデミック後の新しい世界をリードするのは、このように天職を発見し、やりぬく力のある人材」だというのです。

「飲んだ人が五島の風景を想い描き、その土地の豊かさを味わうことで、『明日もがんばろう』と想うことができるジンを造っている」とほほ笑む門田さんたちにとって、”GOTOJIN”造りはまさに天職。長い間変わらないお酒への熱い想い、「風景のアロマを世界へ」という高い目標、“慈しみの島”でいっそう育まれる仕事に対する“愛”を胸に、これからもクラフトジンの新しい世界を切り拓いていくに違いありません。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

門田クニヒコ(かどた・くにひこ)/(株)五島つばき蒸溜所 代表取締役

大阪府立三国丘高校から横浜国立大学へ進学。卒業後、株式会社キリンビールに就職し、28年間にわたりマーケティング、商品開発に従事。「キリン極生」「氷結ストロング」「一番搾りフローズン生」「47都道府県の一番搾り」など、数々のヒット商品を開発。五島つばき蒸溜所では、経営全般およびマーケティング、製造、業務全般を担当。五島に移住後は、地元の混声合唱団での活動のほか、釣りを楽しんでいる。

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