難民と共創する日本の未来
山本菜奈/NPO法人WELgee 理事・事業統括
ASUBeTO:14 社会×明日人
伴走型ジョブマッチングで難民と日本社会をつなげる
日本に難民支援団体が複数存在していることをご存知でしょうか? そのひとつ、NPO法人「WELgee(ウェルジー)」は、単なる難民の生活支援ではなく、日本社会が抱える課題を難民の方々とともに解決することを目指しています。この団体で、伴走型ジョブマッチングに従事する山本菜奈さんに、前例のない施策にどう取り組んでいるのか伺いました。
「日本にやってきた自分には使命がある」
———大学卒業後に一般的な企業への就職ではなく、NPO活動の道を選んだ経緯を教えてください。
WELgeeは2016年に、日本の大学生と難民の若者たちを中心に発足しました。私は子供のころに海外で暮らし、大学進学後はカナダに留学して先住民族やジェンダー、ルーツなどについての研究を続けていました。ある友人から、「(設立者のひとり、渡部カンコロンゴ清花と)話が合うと思うよ」と声をかけられ、難民との対話を目的とした「第1回WELgeeサロン」に参加を。そこで初めて出会った難民の若者たちが語る「日本にやってきた自分には使命がある」という言葉に心を動かされました。
日本では難民認定がなかなか下りず、彼らが希望を抱いて生活することは難しい状況です。ひと口に「難民」と言っても、一人ひとりはとてもユニークな経歴をお持ちです。その力と日本社会を結び付けたいと思ったものの、当時学生だった私たちにはその解決策が見えませんでした。私が正式にWELgeeに参加したのは2017年ですが、それ以前から、社会的マイノリティのエンパワーメント、特に「就労」に関わる仕事をしたかったこともあり、難民の就労が、問題解決の転換点になり得るのでは?と考えました。
マイノリティだから分かる就労の大切さ
———なぜ「就労」に興味を持ったのでしょうか?
私は中学、高校時代をドイツで過ごしましたが、当時通っていたインターナションスクールにはいろんな国籍の友達がいて楽しい反面、「あなたはアジア人だから」と言われることがありました。道を歩いているだけでからかわれたこともあり、自分がその社会のマイノリティなのだと認識せざるを得ませんでした。
多感な時期にそんな思いを抱える中、高校2年生のときに、ネパールにある中高一貫校に2週間滞在する機会がありました。それまで、私は先進国でしか生活したことがありませんでしたが、ネパールの学生は山岳地帯出身で、世界中の里親から集まった奨学金をもとに、ボーディングスクール(寮がありサポート体制が整っている学校)で学んでいました。
彼らとはマンガやファッションの話をしながら仲良くなり、将来について語り合うことも。みんな「自分の村に病院がないから、医者になりたい」「学校がないから、先生になりたい」と、自身の困難な経験を生きるビジョンに変えて、未来を思い描いていました。しかし、現地の先生は「もっと現実的に考えなさい」と彼らを諭していたのです。自分と同世代の若者たちが、未来の可能性を制限されてしまうことに疑問を抱き、彼ら自身や社会をエンパワーメントするための「仕事」「キャリア」という分野に関わりたいと考え始めました。大学時代はカナダに留学し、アラスカの先住民たちの姿から「働くことの尊厳」や社会との関わり方、多様なアイデンティティを生かした街づくりなどを学びました。
難民認定が難しいなら、「就労で」在留資格を
———現在、WELgeeでは「就労」を通じた「難民申請者の在留資格変更」に注力していますが、活動の内容を詳しく教えてください。
母国を離れた人々は、観光などの短期滞在ビザで日本にやって来ます。入国後、難民申請を始めると特定活動の在留資格が付与され、申請を続けている間は合法的に日本に滞在できます。ただし、半年ごとに更新が必要なうえに、5 年、6年と難民申請を続けても、最終的にはほとんど認定されません。日本の難民認定率はたった一桁です。
私たちが視察したドイツやフランスの難民認定率は15パーセントを超えていて、認定を受けた人は政府が運営するシェルターに入り、言語教育を受けることができます。日本では「申請中」のまま何年も過ごす間、そうした公的支援を受けられないのです。
難民申請が認定されれば安定した在留資格を得られるので、認定率そのものを上げようと、多くの支援団体が努力を続けてきました。私たちは、四半世紀を経ても大きな変化がない難民認定率の改善以外にも、在留資格を安定化させる方法はないだろうかと考えました。そこで、就労することで在留資格の取得を目指す、伴走型ジョブマッチング「JobCopass(ジョブコーパス)」を始めました。
———つまり、難民申請の結果(認定、不認定)が出る前に、就労によって在留資格を安定化すると?
はい。正確に言えば、認定を得た人の就労伴走も行っていますが、認定率が低いため「申請中」の人の伴走がほとんどです。実は、この方法は「理論上は可能」と言われていたもので、可能性があるならと挑戦を。その第一号は、アフリカ出身で、自国で大学を卒業した後に起業した経験を持つ難民の方でした。ご協力いただいたヤマハ発動機株式会社さんには、「企業のアフリカ進出を本気でリードしていける人材」と認めていただき、書類を揃えて出入国在留管理庁に提出しました。みんなでドキドキしながら待った結果、2019年にこの方法で初めて、難民申請中の特定活動の在留資格から、ホワイトカラー職種で就労する在留資格への変更が許可されたのです。
「生活する場所」と「働くこと」のバランス
———難民認定のハードルが高い日本ですが、逆に難民の人々にとってポジティブな要素はあるのでしょうか?
みなさんが口をそろえるのは、日本の「平和」と「安全」です。わたしが幼少期を過ごしたアメリカでは、安全上の理由から、子供だけで公園で遊ぶことは許されませんでした。ヨーロッパでも、テロや暴力的なヘイトクライムがあります。「銃を持つ警察官が何よりも怖い存在」という国から来た難民の方々は、「警察官とは市民を守る人たち」ということにさえ驚きます。それが当たり前の日本はすごいと思います。
———ご自身も世界各地で暮らした経験をお持ちですが、生活する場所や仕事のバランスについてはどのようにお考えですか?
「生活する場所」「周囲にいる人々」「仕事」のすべてが繋がって、はじめて豊かな人生になると考えています。難民の人たちにとって、仕事は生活の一部であり、中心ではありません。彼らの母国での生活は、家族や友人、ご近所とのお付き合いがあり、教会や各種コミュニティとの繋がりの中に人生がありました。私自身、今は東京に拠点があるWELgeeで働きつつ北海道の下川町に住み、地域の活動にも関わらせていただいています。
最近は地方企業での採用や、リモートワークでの就労事例も生まれています。例えば、アフガニスタン出身で、ご家族で熊本に住んでいるある難民は、「子供が通っている学校や地域の人たちが大好きだから、熊本で暮らしながら自分のキャリアを生かしたい」と希望を。結果的には、東京に本社を置き、海外からのリモートワーカーもいる日本のベンチャー企業での就労が決まりました。リモートワークなどが普及し、仕事や暮らし方の選択肢が増えたことも、今の活動が加速した大きな要因です。あきらめずに続けてきて良かったと思っています。
難民は、共に社会をイノベートする仲間
———学生時代に思い描いていたビジョンが、実現しつつある状況ですね。くじけずに続けられた秘訣はありますか?
仮説検証をはじめた当初は、日本企業の事情や人材紹介業の市場原理、在留資格や出入国在留管理庁の仕組みなどをしっかり理解しないままアクセルを踏み、さまざまな課題に直面しました。しかし、今になってみると、中心で動いてきたメンバーたちの社会経験が少なかったこともプラスに働いたのかなと。「活動内容が身の丈に合っていない」と言われたこともありましたが、恐れ知らずのまま進めた気がします。いろんな事情を知っていたら、止まる理由を探してしまったのではないかと思うのです。
———では最後に、「難民と共に生きる明日」とはどのようなものだとお考えですか?
世界中が気候変動や食料不足に直面し、日本も少子高齢化など多くの課題を抱えています。「難民問題」という表現がありますが、難民は問題ではなく、むしろ社会の課題を共に解決していく仲間になり得ると考えています。彼らの多くは、祖国をいかに良くするかを最前線で考え、実践していた人たちです。だからこそ、政府や組織に命を狙われ、難民になってしまいました。不安定な在留資格などの課題をクリアしつつ、共に社会にイノベーションを創出していく仲間でありたいと願っています。
(2023年5月16日)
明日人の目
バイアス・フリーが可能にする“多様で豊かな”日本の未来
2018年5月29日、スターバックスのハワード・シュルツ会長が、
「今日の午後、世界中の8,000の店舗をすべてクローズし、従業員175,000人に研修を行う」とアナウンスしたとき、世界中の教育関係者は騒然としました。
「スタバになにか起こったのか?」「全社員になにを研修するのか?」と。
さかのぼること数日。米国フィラデルフィアのスタバに黒人男性2人が入店し、注文をする前にテーブルについて友人を待っていました。それを見た同店のマネジャーはなにを思ったか警察に通報し、2人はかけつけた警官に逮捕される、という事件があったのです。
事実を知ったスタバのCEOケビン・ジョンソンは2人に謝罪し、会長のシュルツは全店舗を閉じて「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」の研修をすると宣言したのです。
毎週1億人が訪れる店を半日閉めると経済的損失は膨大だと考えがちですが、シュルツ会長は、「誰もがコーヒーを楽しみ、座ったり、読んだり、書いたり、デートしたり、議論したり、ボンヤリしたりできる、快適で安全で多様な文化が生まれる空間をつくりたい」という創業のビジョンを見失うことによる社会的損失のほうがよほど大きいと判断したのです。
日本でもかつて、「女性がたくさんいる会議は時間がかかる」と発言して物議をかもした方がいましたが、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」は、セクシュアリティ、ジェンダー、年齢、人種、国籍、体型、学歴など、さまざまな項目に潜んでいます。
「難民」という言葉もそのひとつ。「助けてあげなければならない可哀そうな人」という思い込みを払拭し、「互いに助け合う頼もしい仲間」へとバイアス・フリーを進めるWELgeeがめざすのは、きっとスタバのように、「誰もが語り合うことができる、快適で、安全で、多様で、豊かな社会」なのだと思います。
アスビト創造ラボ 編集長
PROFILE
山本菜奈(やまもと・なな)/NPO法人WELgee 理事・事業統括
1994年、神奈川県出身。小中高と米日独で過ごし、17歳のときにネパールで出会った山岳民族の高校生たちが、逆境の中で未来を切り開こうとする姿に衝撃を受ける。早稲田大学国際教養学部に入学後はカナダに留学し、エスニシティ、ジェンダー、セクシュアリティ、階級などによる差別や格差が絡み合う中で、人がどう自分らしく生き、社会がどう変わり得るかを学ぶ。同じく在学時に、北海道下川町でインターンとして地域創生に参加。2017年夏からWELgeeにて、難民の就労を通じた価値創造の仕組みづくりに奔走。
- NPO法人 WElgee https://welgee.jp/
- 撮影/磯﨑威志(Focus & Graph Studio)