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大船渡流DXで人間復興

阪井和男/明治大学法学部教授・福山宏/株式会社 地域活性化総合研究所 主席研究員

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:2 震災復興×明日人

電話線は途絶えても、人と人をつむぎたい

「車をおりてガレキの山を見た途端、一瞬立ちつくし、くやしくて泣きくずれました……」
当時を想いだして言葉をつまらせるのは、岩手県大船渡市で地域活性化総合研究所の主任研究員、福山宏さんです。

2011年3月に発生した東日本大地震。激しい揺れに加え、沿岸地域では大きな津波が押しよせ、まち全体が飲み込まれる事態に。大船渡も甚大な被害を受けた地域のひとつでした。

家族と連絡がつかない、遺体の身元がわからない……。
徐々に明らかになる現地の惨状を知って、当時、東京の大手通信会社でITサービスの企画開発に携わっていた福山さんは、居ても立ってもいられませんでした。

「NTT局舎が水浸しなのをテレビで見て、回線の復旧には相当時間がかかる、とわかりました。情報が途絶えると、身近でなにが起きているのかもわからず、不安がますます募ります。自分たちの技術で支援できることはなにか、必死で考えました」

電話線は途絶えても、人と人をつむぐこと、悲惨な今と明るい未来をつむぐことはできるはずだ……。

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津波の前より、もっと幸せに

福山さんは、長野県で無線ネットワーク実証実験を行った経験をもとに、避難所間を無線で中継するアイデアをまとめた『つむぎプロジェクト』の企画を数日でまとめ、関係者に協力を要請。勤務する会社の社長の協力も事後で取り付けることにして、4月初旬には新花巻からレンタカーで大船渡に入ったのです。

そこで目の当たりにしたのは想像を絶する光景でした。

「ぜったいに、津波がくる前より、幸せで豊かなまちにしなくては」
固く心に誓った福山さんは、早速、津波の難を逃れたマンションの一室に事業所を設置。会社の業務と並行して、まちの震災復興事業に参画しました。

三陸育ちではないけれど、復興事業に携わるうちに“大船渡のひと”になった福山さんは、3年後には会社を退職。株式会社地域活性化総合研究所を立ちあげ、クラウドサービスを活用した地域企業の経営コンサルティングや、地域のIT産業の集積拠点「大船渡ふるさとテレワークセンター」の運営、「IT活用塾」などの学びの場のプロデュースなど、技術と経営の視点での復興支援に取り組むようになったのです。

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ゼミの研究テーマは大船渡

「花巻空港から車を走らせると、津波で流された車があちこちにひっくり返っていて、漁船は道路にせり出していました。このまちが息を吹き返すには、10年はかかると思いました」
そう語るのは、やはり震災直後に大船渡を訪れた、明治大学法学部教授で情報学が専門の阪井和男さんです。

ICTを活用した教育システムの開発で、以前から福山さんと面識のあった阪井さん。『つむぎプロジェクト』の話を聞き、すぐに大船渡で当時市議を務めていた元教え子に連絡をとりました。

そして自身はゼミの方針を変え、ゼミ生が、大船渡の夏祭りの運営や、子どもの学習支援をするフィールドワーク型の研究を開始。また学内にも協力を仰ぎ、大学ぐるみで大船渡の復興支援に乗り出します。

震災後5年も経つと、復興に携わっていた企業が次々と撤退する中、10年たった今も、阪井さんは福山さんとタッグを組んで、大船渡市の地方創生事業の産学官地域課題研究会の座長を務めるなど、専門家としての知見を生かしてまちの再生支援を続けています。

「10年はやるって明言しちゃったしね(笑)。実際、震災の復興は、建物やインフラを元の状態に戻す復旧だけでは不十分。高台に住宅地を移すなど、津波に備える新しい街づくりの『創造的復興』はできたかもしれない。けれど、そこに暮らす人たちの希望の復興、『人間復興』は進んでいるのか、まだ、よく見えないのです」

阪井さんは教育者の視点から、大船渡の人たちのWell-beingを向上させることが真の復興だと考えているのです。

▼阪井ゼミのみなさん

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ふるさとを出ることを勧める大人たち

福山さんと阪井さんは、復興支援を続けるうち、ある重大な課題に直面します。震災前から続く人口流出。まちは復興してもひとがいなくなる、という深刻な問題です。

震災前の2010年に4万人いた市民は、2050年には2万5千人に減少するという予測があります。1万5千人ものひとが、大船渡から消えてしまうのです。

高校を卒業すれば9割が転出するという大船渡。どうすれば若者が大きな夢をもってここで学び、暮らし、仕事をすることができるのでしょうか。どうすれば都会との格差をなくし、スピーディに最先端の情報に触れ、新しいビジネスを創ることができるのでしょうか。

福山さんは、大船渡と周辺地域の、高校生と保護者を対象にした調査の結果を見て愕然としました。保護者が子供に、大船渡を出たほうがいいと勧めている実態が浮き彫りになったからです。

「大船渡に残っても幸せには暮らせないと、大人たちが感じているんです。自分たちが不安だから、子どもたちに同じ思いはさせたくないと。まず大人たちの生活満足度を高め、未来に希望を持てるようにならないと、人口流出はとまらないと思いました」(福山さん)

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デジタルで大船渡をトランスフォームする

その課題を解決する糸口が、ICTの進化でした。スマートフォンやスマート家電などが日常生活の必需品となり、さらにコロナ禍で市民のデジタルに対する関心が一気に高まりました。

「スマホ教室やLINEの活用講座を開くと、お年寄りがたくさん集まります。しばらく旅行や帰省ができなかったので、『ビデオ通話で孫と話したいから』と積極的なんです」(福山さん)

このようにデジタルの活用で生活様式や行動が変化し、課題を解決し、新しい価値や可能性が生まれることがDX(デジタルトランスフォーメーション)の本質だと、阪井さんはいいます。そして、DXを正しく活用することが、地方と都市の格差をなくし、地方創生を推進する鍵になるというのです。

「ITスキルを学ぶことや、アナログな業務をデジタル化することがDXではありません。解決したい課題は何か、追求したい幸せはなにか、それを明確に示すことが最初の一歩です。それがたまたまデジタルとの掛け合わせですごく簡単に実現できることがあるというだけです」

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自律的な学びと経験のシェア

さらに、DXでどう変わりたいのか、ビジョンを描くことができる人材がDX推進には欠かせない、そのためには自律的な学びができる人材を育成しなければならないと、ふたりは口をそろえます。

ふたりが参画し、2019年から大船渡市と進める、『地場産業高度化・人材育成プロジェクト』でも、大船渡の未来を拓くために、解決したい問題は何か、われわれはどう変わるべきか、それを考えられる人材の育成をめざして、多様な学びの場をつくっています。

たとえば、「暮らしを便利にする学び」「仕事に役立つ学び」などのテーマで基礎スキルを身につける『IT活用塾』、エンジニアが自主的に課題の解決に取り組み、それぞれのアイデアをシェアする『もくもく会』、「異業種間連携でバーチャルモデルハウスを構築する住宅建材の卸業者」や「漁業者・研究者のオンライン掲示板を構築した養殖業者」など、実際の事業者がIT活用に取り組む『IT活用実証活動』支援など、活動は実に幅広いものです

ただ学びの場を企画・提供するだけではなく、それぞれの学びの効果を検証し、次のステップへの改善点を提言するのも、ふたりの役割。
「バーチャルモデルハウスで住みたい家がイメージでき、地元の工務店に頼んでみたいと思えた」など、実証活動のユーザーの声も丁寧にひろい、地場産業をもりあげています。

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大船渡流DX『知の縁側』でなにかがはじまる

さらに、この秋からは『知の縁側』プロジェクトを開始。日当たりのいい縁側で、お茶でも飲みながら、ああでもないこうでもないと気楽に話をするような、そんな対話の場をつくることにしたのです。

「いままでは、外側の情報を伝え、外側からの刺激を与えることがイノベーションにつながると考えていました。でもこれからは、私たちが内側に抱える課題にもっと目をむけ、内側にもっている財産を活かすことのほうが大事だと気づいたのです」

ちょっとしたアイデア、ちょっとした気づきを互いにミニプレゼンすることで、「あ、それなら協力できる」「実はわたしも、そう思っていたんだよね」という想いがつながり、なにかがはじまるかもしれない。それが大船渡を変えるイノベーションの種火になると考えたのです。

大船渡には実に多彩なひとがいます。漁業者、料理人、建築業、農家、音楽家、学者、IT技術者、そして地元の工場で働く技能実習生も。そのひとたちを“つむぐ”ことで、あの津波さえも乗り越えて、震災前より豊かな大船渡をつくること。福山さんと阪井さんの挑戦はこれからも続きます。

(2022年12月7日)

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明日人の目

明日人の目

大きな波にのみこまれた大船渡の惨状を目の前にして、「震災前のようにではなく、震災前よりもっと素晴らしい街にしてみせる」と誓った阪井先生と福山さんは、まさに、VUCAの時代に欠かせない“Now my job thinking(今日からこれが私の仕事だ、と変化に柔軟に対応できる考え方)”型のリーダーです。“Not my job thinking(それは私の仕事じゃないから、と今の仕事や環境に固執する考え方)” 型の人材が多い組織は、小さな変化にも対応できず、のみこまれたり、足をすくわれたりしてしまいます。

おふたりは、大船渡の復興には“now my job thinking”型の人材の育成が欠かせないと、ICTを活用して、さまざまな年代、さまざまな業種の市民を対象に、学びのDXに力を入れています。「波にのったら人生も変わるんだ」と語ったサーフィン界のカリスマ、ジョエル・チューダーのように、大きな変化の波にも臆せず、挑戦する勇気のある人材が、震災前より素晴らしい大船渡の景色をつくるに違いありません。

                              

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

(写真左)
阪井和男(さかい・かずお)/明治大学法学部教授
明治大学法学部教授。理学博士。研究テーマは『組織と社会の死生学』。和歌山県出身。東京理科大学大学院博士課程修了後、ソフトハウスに勤務を経て、明治大学法学部教授に。明治大学サービス創新研究所所長、明治大学情報化戦略協議会委員、明治大学情報基盤会議委員のほか、大船渡市産官学地域課題研究会座長、日本ビジネス・コミュニケーション学会副会長、アカデミック・コーチング学会副会長、一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク理事、一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)理事、NPO実務能力認定機構理事等、幅広く活動している。

(写真右)
福山宏(ふくやま・ひろし)/株式会社 地域活性化総合研究所 主席研究員
青森県青森市出身。1982年、日本電信電話公社入社。1997年、㈱NTTPCコミュニケーションズに出向。2011年、東日本大震災発生後、被災地支援活動を開始。大船渡市防災情報通信基盤構築支援、防災行政無線情報のメール配信、コミュニティFM局創設と防災行政無線との自動連携を実施。2015年、大船渡市に㈱地域活性化総合研究所を設立、取締役主席研究員に。気仙地区高校生および保護者の進路意向調査、気仙地区小中高生へのプログラミング教育、大船渡テレワークセンター運営などの大船渡市受託事業、三陸SUNアンテナショップ事業(東京都杉並区)、ギークハウス岩手三陸大船渡(お試し移住用シェアハウス)事業などの自社事業に携わる。2019年、合同会社TXFを設立し代表社員に就任。2020年、岩手県ICTアドバイザー嘱託。現在は、地元企業15社のDX支援コンサルティング、商工会議所等でのITセミナー開催などに取り組んでいる。

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