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八百屋はメディアだ!

左今克憲/㈱アグリゲート 代表取締役CEO

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:5 食農ビジネス×明日人

規格外の野菜、果物に付加価値を

東京・五反田。オフィスビルが並ぶエリアに、一軒の八百屋があります。その名は旬八青果店。ところせましと並んだ色とりどりの野菜や果物には、それぞれが本来もつ素朴な味わいや、上手な食べ方のレシピが描かれた可愛い手書きのPOPが添えられています。

食べごろの野菜や果物に気軽に手が伸ばせるようにと、一般的な流通でははじかれてしまう規格外品も含めて、多くは自社バイヤーが現地まで出向いて選びぬき、独自のルートで仕入れた、お値打ち価格の“推し野菜、推し果物”たちです。

お店では青果のほかに、手づくりのお惣菜やお弁当、野菜たっぷりのスムージーも提供。長崎の雲仙や鹿児島の指宿などの生産地と連携したご当地イベントも行っています。

「ぼくたち青果店は、生産者と生活者をつなぐメディアであり、インフラなんです」
と語るのは、旬八青果店を運営するアグリゲート代表取締役の左今克憲さんです。

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都会の真ん中の八百屋の役割

生産者には、都市の人たちが求めるものをちゃんと提供できていないのでは、という“はがゆさ”があります。いっぽう都市の生活者には、忙しさに追われ、ふと気づくと新鮮な食材とは疎遠な食生活になっている、という“もどかしさ”があります。

そのはがゆさ、もどかしさを解決するために、あえて都会の真ん中に“八百屋”を開き、生産者と生活者が、野菜や果物を通じて対話できる場を創りたい。それが旬八青果店のはじまりです。

今では月商1000万円にせまる店舗もあり、「粗利は2割もあれば上出来」といわれる青果業界で、5割を超える数字も達成。でも、なにより嬉しいのは、「旬八に行けば、季節のおいしいに逢える」という価値を顧客に届けられていることだといいます。

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「俺、このままじゃ、ヤバイかも」

左今さんは、八百屋の跡継ぎでも実家が農家というわけでもありません。食農業界とは縁のない九州の町で生まれ育ち、進学を機に上京しました。

「早く自立したいという想いが募り、それには東京に行くしかないと思ったんです。二浪の末、東京の私学に進学したのですが、場違いでしたね。まわりはオシャレでキラキラした人ばかり。自分の居場所が見いだせず悶々としていました」

憧れの東京での中途半端な毎日に、「俺、このままじゃ、ヤバイかも」と思い始めたころ、キャンパスでふと目にしたのが、「政策立案コンテスト」のポスター。軽い気持ちで参加したそのコンテストで、大きな衝撃をうけます。

「一流大学のエリートたちが、なんのてらいもなく、政治家になって世界を変えるとか、日本の将来はこうあるべきだとか、熱く語っていたんです。自分はなんとボォーっと暮らしていたのかと、情けなくなりました」

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このおいしさを都会に届けたい

彼らと自分は、そんなに違うのだろうか? 
自分には世の中を変えるチカラがあると信じているかどうか、それだけじゃないのか?

もどかしさを胸に、その夏休み、二輪車で東京から故郷への旅に出た左今さんは、人生を変える風景にめぐりあいます。

「豊かに広がる田園で出会った新鮮な野菜や果物の、都会ではなかなか味わえないおいしさにワクワクする一方、それらを育てる人たちの高齢化、後継者不足の深刻さを目の当たりにして、愕然としました」と、左今さん。

若者の姿が見えない農村風景と、規格外だからと捨てられる野菜や果物の山に、このままではいけない、という想いがわいてきました。

「このおいしさを、東京で手に入れられるようにしたい」
左今さんの中でなにかが大きく変わった夏でした。

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未来に“おいしい”をつなぐインフラ

“挑戦すべき世界”を見いだした左今さんは、その2年後、東京農工大に編入して農業について学び、卒業後は人材会社を経て、2009年、27歳で食農ビジネスを展開するアグリゲートを起業します。

「『未来に“おいしい”をつなぐインフラの創造』というミッションを、意気揚々とかかげた船出でした」と左今さん。

生きるために欠かせない食を支える農業は、社会のもっとも重要なインフラなのに、農家さんのほとんどは儲かっていない。その不可解な現実を自分の手で変革したい。あの夏の熱い想いが背中を押してくれたのです。

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文句をいう傍観者より、リスクを背負う当事者に

とはいえ、食農業界は複雑で、さまざまな利権がからむ世界です。最初は、農業法人の営業代行や農業関連の政策提案をする会社のサポートをしながら、業界のしくみを現場で学ぶ毎日でした。

その中で見つけた課題が、“おいしいものを適正価格でちゃんと届ける”ための新しい流通のしくみの必要性でした。

たとえば、新鮮で味はいいのに規格外のサイズだからと捨てられる野菜や果物があります。それを商品化できれば、農家さんも消費者も幸せになれるはずなのに、いまの流通のしくみでは、一定量を確保できなければ物流コストがかかりすぎて逆に高くなったり、運搬ルートが確保できなかったりするのです。

この大きな課題を解決するために、左今さんは2013年から数年のうちに、次々とアイデアをカタチにしていきます。『おいしいインフラ』のブランドをかかげた旬八青果店第一号店のオープン、生産から販売までを一気通貫するSPF(Speciality store retailer of Private label Food)というビジネスモデルの構築、『都市部で稼げる食と農のビジネスを学ぶ』ための旬八大学、新鮮野菜をふんだんに使った総菜や弁当を販売する旬八キッチン……。

前例のないこと、不確実性の高いことを、あえて選択しているように見えるのですが、
「“不確実性の時代“には、選択しないことがリスクです。現状に不満を抱いたままでは、何も変わらないどころか、どんどん衰退するだけ。文句をいう傍観者より、リスクを背負う当事者に、ボクはなりたいのです」

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“脱成長”は持続可能なしくみつくりのための戦略

事業は順調に成長し、2013年にスタートした旬八青果店は6年間で20店舗にまで増えていました。このままイケイケの拡大経営を続けるのかと思いきや、ここで左今さんは、意外にも、店舗数を半数以下に減らす戦略を選びます。

「食のビジネスは、生産者はもちろんですが、それを消費者に届けるわれわれも、誇りと愛情をもっていなければ、ほんとうにおいしいものを適正な価格で、“美味しいですよ”と勧めることはできません。急成長で後回しになっていたバイヤーやスタッフの育成強化と、さらに効率的で効果的なSPF構築に力を入れるための、あえてのサイズダウンなんです」

この大きな決断は、トップダウン型の経営スタイルを変える契機にもなりました。

「ボクらのビジネスでは、お客さまと接するスタッフのモチベーションがそのまま数字にあらわれます。だから、スタッフひとりひとりが納得して業務にあたってくれることが大事。そのための合意形成に多くの時間をさいて、組織改革を進めています」

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”商売力“を身につけた食農人材が日本を変える

未来に“おいしい”をつなぐインフラを創造するために、人材育成に力を入れる左今さん。運営する旬八大学には、「キッチンカーをしたい」大学生や、キャリア・チェンジを夢みる会社員など、多様な人材が集まり、業界の実態から小売業の経営学まで、アグリゲートの豊富な事例と先進的な取り組みを交えて学んでいます。

「このインフラを支えるには、“農業が好き”だけではダメ。農業にも精通した“商売力”のある人材が欠かせません」

その先に目ざすのは、食農業界のプレイヤーたちの社会的地位の向上です。

「この業界は農家に限らず、働く人の報酬が低過ぎます。有望な人材を育て、稼ぐ力をつけ、業界全体をアップデートし、ほんとうに豊かな日本にしたいのです」

“おいしい”を発信するメディアとしての旬八青果店の役割は、ますます大きくなりそうです。

(2022年12月7日)

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明日人の目

明日人の目

企業の存在意義を明確にし、社会に与える価値を示す、『パーパス経営』が注目されています。『パーパス』と掲げるだけで、なにか新しい風が吹くように感じますが、ほんとうの『パーパス経営』を実践するのは、とても難しいものです。というのも、『パーパス』は、ビジョンの中でも高レベルのものと同じ概念で、 個人と組織と社会のより良い関係を描く“社会的ビジョン”、あるいは普遍的な価値創出をめざす“道徳的ビジョン”に相当するからです。ですから、単に企業の未来像や成長シナリオを追求する“経済的ビジョン”“をパーパスと勘違いすると、誤った選択をしてしまいます。
「ほんとうに豊かな日本にするために」という社会的ビジョン、「未来においしいを届けたい」という道徳的ビジョン実現のために、あえて“脱成長”戦略を選択してまで、メディアとしての青果店をつくる左今さんは、まさに食農界の『パーパス経営者』です。

アスビト創造ラボ 編集長

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PROFILE

左今克憲(さこん・よしのり)/㈱アグリゲート 代表取締役 CEO

福岡県生まれ。東京農工大農学部環境資源科卒業後、アグリベンチャーを起業するために必要な知識・経験を積むため、総合人材サービスの株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。2009年2月にアグリゲートを個人事業として創業し、2010年1月に株式会社化。当初は農業生産法人の社長の付き人などをして、業界慣行や業界動向をキャッチアップし、2013年10月からアグリゲートの事業をスタートアップ型に変化させ、都市型八百屋「旬八青果店」の運営を開始。現在は、SPF(Specialty store retailer of private label food)というビジネスモデルでバリューチェーンの全てを内製化し、内製化する上で得たノウハウで業界のプレイヤーを高収益にするプラットホームを提供している。

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