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越境×共創=カタリスト

岡本克彦/サステナビリティカタリスト。「こすぎの大学」企画編集ユニット6355

アスビト創造ラボ ASUBeTO

ASUBeTO:4 地域デザイン×明日人

街の景色は“ひと”がつくる

『住みたい街ランキング』の常連として人気の街、武蔵小杉。かつては京浜工業地帯の一角として町工場や社宅が点在するエリアでしたが、2000年代に始まった再開発でその景色は一変しました。

街路樹が美しい広々とした道路をはさんで、何棟ものタワーマンションが青空に向かってのび、おしゃれなショッピングモールやカフェテラスには、子供連れの家族が賑やかに集っています。

活気に満ちたこの街で、友人と肩を並べて歩き、道路の向こうから「おーい」と呼ぶ声に大きく手を振り、駅前ではすれ違った知合いに肩をたたかれて嬉しそうに微笑む、“この街のひと”。おそらく日本でただひとりの『サステナビリティカタリスト』、岡本克彦さんです。

「街の景色って、建物でできるんじゃないんです。その街に暮らすひと、働くひと、その街が好きなひとたちが、一緒につくるものだと思うのです」

そう語る岡本さんも、この街に越してきた当初は、「自分の街だけど、知り合いはゼロ」でした。そんな“ボッチ”の新参者が、仲間たちとともに魅力的な地域コミュニティをつくる“カタリスト(触媒)”になるまでには、どのようなものがたりがあったのでしょうか。

▼写真左(こすぎの大学 / 企画編集ユニット6355の大坂亮志さん)

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未来は、いままでの延長線上にない

2008年の夏、岡本さんの人生観を変える大きな出来事がありました。iPhoneの日本上陸です。

大手電機メーカーで、携帯電話の商品企画に携わっていた岡本さんは、
「発売日に表参道に行ったら、アップルストアの前は大行列。ああ、ケータイの時代は終わるんだなぁという喪失感で、ヘナヘナと座りこみそうになりました」。

しかし、iPhoneを手にとったとき、ふと気づいたのです。
「iPhoneの斬新なユーザ体験は、これまでの携帯とはまったく違う発想から生まれたもの。そうか、いままでの延長線上に未来はないんだな」と。

未来は「いつかやってくるもの」ではなく、自分たちの手で「創りあげていくもの」。

そう考えた岡本さんは、未来を語るコミュニケーションの場づくりに取組みはじめます。世代や役職、部門の枠を超えた学びの場『ムサコ大学』を自社の社員食堂で開講したのも、そのひとつ。「だれもが先生、だれもが生徒」という対等な関係から生まれる逆転の発想、想定外のアイデアに、今まで感じたことのないワクワク感を覚え、多様性に富んだコミュニティつくりに惹かれていったのです。

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モノを売るより仲間をつくれ

会社という組織の中で育まれたコミュニティ活動は、やがて会社の枠を超えて“越境”し、異業種交流の『企業間フューチャーセンター』の活動へと広がりました。

さまざまな業界の企業人が、それぞれが抱える課題について率直に語る場で発見したのは、仲間が増えれば増えるほど、それぞれが持っているものを惜しみなくシェアすればするほど、みんなで描く未来像は豊かになるということ。企業のビジョンを実現するためには、「モノを売ることよりも、仲間の輪を広げることが大事」だと実感したのです。

この想いは、コーポレートブランディング部門に異動し、会社と社会をつなぐ役割を担うようになってからも、さらに50年後の未来を描く未来創造会議のリーダーになってからも、揺るがぬ信念となったのです。

▼写真右(こすぎの大学 / サポーターの茅記子さん)

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来るのも自由、来ないのも自由

さて、“仕事のつながり”はこうして着実に広がっていったのですが、岡本さんには満たされない想いがありました。自分が住む“街とのつながり”がなかったのです。

「スポーツクラブに入ろうか、それとも公園で太極拳……」
悩んでいたときに、ふと目にとまったのが、こすぎナイトキャンパス読書会の案内でした。

主催者はタワーマンションの住人。やはり、この街に住まう人たちの関係性を育もうと思って始めたのでした。小説から、デジカメ撮影法などの実用書、「コミュニティデザイン」や「ソーシャルデザイン」をテーマにしたものまで、幅広い課題図書のラインナップも魅力でしたが、なにより、本は読んでなくても持ってくればOK、来るのも自由、来ないのも自由という、敷居の低さに惹かれたのです。

「このゆるーい感じがとても居心地よかったのです。地域のコミュニティに欠かせないのは、誰もムリせず、自然体で楽しめる雰囲気なんですよね」と岡本さん。

読書会の運営メンバーと意気投合するのに時間はかかりませんでした。半年もたたないうちに、ムサコ(武蔵小杉)の5人組を表す『編集企画ユニット6355』を結成。この仲間たちが「武蔵小杉のひとのこと、もっと知りたいよね」と、2013年に立ち上げたのがソーシャル系大学『こすぎの大学』です。

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だれもが先生、だれもが主役になれる大学

こすぎの大学は、「武蔵小杉に関わる“ひと”を知る、語る、好きになる」ための学び舎です。ですから、ゆかりのあるひと、住んでいるひと、働いているひと、この街が好きなひとなら誰でも、先生(役)になれるのです。

授業は月に1回、第2金曜の夜。30分間程度の先生(役)のお話のあと、先生(役)と生徒(役)が一緒になって、グループディスカッションをしたりワークショップをしたり。最後に話した内容を発表して全員でシェアするのが、この大学のスタイルです。

今まで登場した先生(役)は、地元の商店の経営者や小学校の校長先生、社交ダンスやヨガのインストラクター、手品師もいれば、財務省のお役人、プログラマーにインフルエンサーと、実にバラエティに富んでいます。

とにかく武蔵小杉との関わりに触れながら自分の得意な話をすればよく、好奇心旺盛な生徒(役)のノリの良さにすっかりいい気分になるので、「今度は私が!」と先生(役)に手をあげる人は後を絶たず、毎回、数十人の生徒(役)と一緒に盛りあがります。

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仲間を知るとやさしくなれる

こすぎの大学を開校してもうすぐ10年。120回を重ねる授業のほかに、パパ部や餃子部、ハイサワー部などのオトナな部活、チャンバラ合戦、牧場ツアーなどのファミリーな課外活動も活発です。

そして、「武蔵小杉を語るとき、タワマンじゃなくて“ひと”の顔が浮かぶようになった」という参加者の声があがるように。こすぎの大学は、ゆっくりと、でも着実に、街の温かな手触り感を育んでいたのです。

その温かな手触り感は、やがて寛容なコミュニティ形成につながると、岡本さん。

「たとえば新型コロナで行政の対応が遅いと感じるとき、市役所の建物を思い浮かべると、『いったいどうなっているんだ!』と腹をたてたりしますよね。でも、市役所で働く仲間の顔を思い出すと、きっと今ごろ一生懸命頑張っているのだろうな、もうちょっと待ってみようか、という気持ちになれるんです。お互いを知ることで、優しくなれる。社会の分断をなくすには、仲間を増やすことが必要だと思います」

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“自分たちゴト”と“微責任”

それにしても、こすぎの大学のような地域コミュニティを、10年間も運営すること、それもただ続けるだけではなく、時代の変化に応じて新しい魅力を見せ続ける秘訣は、なんでしょうか。

岡本さんは、「自分たちゴトと、微責任」がポイントだといいます。

まず、自分“たち”ゴト。
「“自分ゴト”としてひとりでがんばるのではなく、“自分たちゴト”としてチームで取り組むことです。寄りかかれる仲間がいることの安心感は大きい。都合が悪ければ誰かがフォローしてくれるし、ホストも持ち回りで負担が少ない。だから参加者と一緒に授業を楽しむ余裕ができるんです」

そして、微責任。
「これは、中華料理店で飲んだ微アルコール飲料から連想した言葉です(笑)。アルコールのように酔わないけれど、ノンアルコールと違って、ちょっと『飲んだ気分』が楽しめるのが『微アル』の魅力。職場と家庭に続く第3の場所としての地域コミュニティは、責任の息苦しさでもなく、無責任の投げやり感でもない、自由闊達に動ける“微責任”がちょうどいいですね」

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会社に愛着はあるけれど、執着はしない

そして岡本さんは2022年、思いきった転身をしました。長年勤めた電機メーカーを退職し、サステナビリティカタリストとして独立。企業のリブランディングやビジョン立案のコンサルティング、地域デザインの企画運営、講演やセミナー講師として、企業の枠を超えた活動を始めたのです。

活躍のフィールドは広く自由になりましたが、不安はなかったのでしょうか。

「会社員のころから、会社の外に越境し、さまざまな人と共創してきたので、“会社の外にも世界はある”ことはいつも意識していました。ちょうどリーダーとして進めてきたプロジェクトが一段落したので、いったん外の世界に出てみようと。ですから卒業ではなく中退ですね(笑)」

『会社に愛着はあるけれど執着はしない』がモットーと語る岡本さんは、リーダーとしての経験を積むなかで、自分は先頭に立つよりも、“ひと”と“ひと”とつなげて化学反応を起こす“触媒”としての役割=カタリストが向いていると自己分析をしていたのです。

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人生100年時代は33年×三毛作。「変える」のではなく「広げる」へ。

DX、AI、RPAと、変化の波が次々と押しよせる時代。その波の激しさに立ちつくすのではなく、むしろ自分もしなやかに変化できるチャンスと捉えたいもの、と岡本さんは言います。

「社会が大きく変わるなかで、“なにか新しいことを始めないと”と焦る人に伝えたいのは、これまでを否定する必要はないということ。ボクの“中退”も、仕事の場を“変えた”というより、“広げた”という感覚です。今いるところから何ができるか、それを考えることから始めてみてはどうでしょうか」

たとえば、勤務先だった会社の公開空地で行われる“ふれあい食堂”やお祭りは、企業・街・行政がつながることで生まれた新しいコミュニケーションの場。お互いの世界を少し広げ、お互いが持っているものを少しシェアすることで生まれたものです。

今や人生100年時代。自分を変えるチャンスも広がっています。岡本さんは、それを『33年×三毛作』ととらえてキャリアをデザインしています。

「今は、ちょうど二毛作目の高校生。新しい世界に飛びだしたくてウズウズするお年ごろ、ですよね(笑)。二毛作目の自分がどんな化学反応を起こすことができるのか、いろんな未来を描いてワクワクしているところです」

▼写真左(こすぎの大学 / 企画編集ユニット6355の保崎幸一さん)

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明日人の目

明日人の目

“リスキリング”という言葉をよく聴くようになりました。『学び直し』と訳されることが多いのですが、実は深い意味があります。社会の変化によって必要になった『新しいコトを学ぶ』という意味のほかに、今までになかった“場”や“方法”で学ぶこと、つまり『新しい学び方を学ぶ』という意味も隠されているのです。だれかに“教えてもらう”学び方だけでは、変化の波にのって新しい景色を見るのは難しいでしょう。いろんな仲間とリアルタイムに学びあう“場”をもち、多様な経験やアイデアをシェアする、『学びの環境の改革』が“リスキリング”には欠かせません。“こすぎの大学”のような、今までなかった第三の学びの“場”をもつこと、家庭と職場以外のコミュニティでの“経験”を豊かにすること、それが人生100年時代に欠かせない“リスキリング”なのです。

アスビト創造ラボ編集部

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PROFILE

岡本克彦(おかもと・かつひこ)/サステナビリティカタリスト。「こすぎの大学」企画編集ユニット6355

1972年、横浜市生まれ。1995年NECホームエレクトロニクスに入社。NECに移籍後、携帯電話、スマートフォンの商品企画などを経て、コーポレートブランドの戦略を担当。社会価値創造型企業への変革に向けたリブランディングを推進。2011年、「企業間フューチャーセンターLLP」の立上げ、2013年、川崎市で「こすぎの大学」の企画運営開始。2022年、NECを退社し、株式会社フォワードを中心にサステナビリティカタリストとしての活動を開始する。

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